2020.02.18
2022年度助成先に新しく加わった団体をご紹介する連載シリーズ。
今回は、宮城県を中心に活動する「NPO法人まなびのたねネットワーク」です。高校生や若者を中心とした「一人ひとりの自立と自律」、そして主体性を育めるような居場所づくりや機会の創出を行っています。東日本大震災発生後、被害が大きかった石巻や女川エリアを中心に、高校生のキャリア教育や就職支援にも活動の幅を広げています。
まなびのたねネットワークの伊勢みゆきさんより、活動紹介とメッセージが届きましたのでご紹介します。
伊㔟 みゆき(いせ みゆき)さん
NPO法人まなびのたねネットワーク代表理事。仙台生まれ、在住。20代の頃に参加した内閣府主催「世界青年の船」事業をきっかけに、日本の学校教育に危機感を抱き教育の道へ。2007年より、キャリア教育を小学校で実施していた任意団体「まなびのたねネットワーク」の立ち上げに参画。翌年代表理事に就任。仙台市内の小・中学校を中心にキャリア教育の授業やコーディネーターとして学校と地域が連携した多様な取り組みを実施している。東日本大震災後は、女川や石巻での小・中・高での学校支援活動や企業とコラボしたプログラム開発や授業なども展開している。
■高校生や若者が主役になる みんなのお家「しゅろハウス」
石巻の高校生や若者のサードプレイス「しゅろハウス」は、ハタチ基金の助成によって2022年5月よりスタートすることができました。
高校生や若者の小さな「やりたい」を応援し、「困った」に寄り添い、彼らの自分らしく生きる道を応援することが目的の放課後の居場所です。
この事業は、2011年の震災直後から被災地の小学校のキャリア教育の授業や、2014年に石巻市立桜坂高校(県内唯一の公立女子校)の開校時からキャリア教育や就職支援に携わっていたことがきっかけとなりました。多くの子供たち、生徒たちと関わる中、顕在化した課題の背景に震災がきっかけとなっていることが多いことを痛感。NPOとしてできることを模索する中、今回の事業実施へと繋がりました。
主にどのようなことを行っているのかをご紹介します。
1)みんなで作って、みんなで食べて、みんなで団欒する
“第2のおうち”のような存在になれるように。毎回行っているのが「夕食を一緒に作って食べること」です。包丁を数年ぶりに握った子もいる中で、調理師免許を持つ若者が主体となって料理を作ったり教えたり、集まった子たちで役割分担をしながら夕飯時の団欒を愉しんでいます。お腹が満たされれば、誰からともなく悩みや困りごとを口にするようになり、互いに聞き合う姿も。日々感じている不安や悩みを互いに打ち明け、助け合える関係づくりを行えるようになってきていると感じています。
専門家が必要なケースは専門機関に繋いだり、進学や転職等の相談についても必要に応じて対応しています。食材は、地域の方々から無償提供していただいたものや、購入したものを利用。毎回多めに作って家族の分を持たせたりすることで、家族の食事支援も行えるようにしています。
2)ちょっとした要望や“つぶやき”を実現できるように
高校生や若者がつぶやく「〜したい」「〜やってほしい」「〜したことがない」を形にできるようにしています。例えば、バーベキューをしたい、お誕生日会をみんなに祝ってほしい、ボランティアをしたい、浴衣を着て夏祭りに行きたい、近くのカフェに一緒に行きたい、小論文を教えて、家にご飯がないなど、一人ひとりが抱えている思いは色々です。“つぶやき”の背景には、様々な事情が隠れていますが、一人ひとりの思いに寄り添い実現できるように動いています。
夏に誕生日を迎えた若者がいました。友達をつくることが苦手なのですが、関わる若者や大人との温かい触れ合いの中で、本人の意思を尊重した誕生会を開催することができました。生クリームが苦手だったのでパンケーキにメッセージを書いたところ、それがとても嬉しかったようで、その後自宅で何回も練習してパンケーキを焼いて持ってくるようになりました。
経済的な事情から浴衣を着たことがないという若者も。3年ぶりに開催された地域の夏祭りでは、浴衣を貸し出して着付けをし、夏祭りを楽しめるように送り出しました。
また、将来飲食店で働きたいと思っている高校生が、週末の地域のイベントに合わせて、1日限定の「しゅろカフェ」をオープンし、接客体験も行いました。
他にも、全国の仲間たちに衣類提供を呼びかけたら、夏・秋物が50箱以上集まったことでファッションイベントも開催。高校生や若者が気兼ねなく持っていけるようにプロのファッションコンサルタントをお呼びして、自分に似合う服や着こなし方を教えてもらうイベント内容にしました。常時、気に入った衣類は持ち帰りできるように展示しています。
3)地域でのつながりやプロフェッショナルな大人との出会いを大切にする
しゅろハウスでは、「ご近所づきあい」を大切にしています。
9月に行われた近所のお寺の秋祭りで「水引きお守りづくり」をする機会をいただきました。地域の復興住宅にお住まいの高齢者の方々との交流が目的で、地元の社会福祉協議会にお声がけいただき一緒に行うことができました。
地元の伝統的な行事に参加することで、若者たちが日本文化やお寺に感心を持ち、一人ひとりの興味関心やものづくりへの向き不向きなども、垣間見ることができました。
このときの体験は、若者や高校生と地域の高齢者との米粉の非常食「チカラモチづくりワークショップ」の企画開催にもつながり、世代間交流が始まっています。
当初、しゅろハウスは高校生の放課後の居場所、サードプレイスとしてオープンしました。しかし活動を開始してみたら、課題を抱えた高校生や若者たちが必要としていたのは、家庭的な温かさを実感できる「セカンドホーム」でした。一人ひとりの困りごとややりたいことが異なるため、それぞれの声を大切にしながら形にできるように。受け入れ側が彼らと信頼関係を構築しながら実現できるようにしています。
■震災から10年以上経ってようやく見えてきた被災した子どもたちの課題
震災当時、幼稚園児や保育園児だった現在の高校生。幼少期に同級生や大切な人を失った経験や、震災後の家族の状況など、なかなか言語化することができませんでした。そして、震災から10年以上経過しても、一度も震災について語る機会がない生徒も多いです。
高校3年の進路選択の時期、本人の不安が表面化した時こそ家族とのコミュニケーションが欠かせないものになります。そうしたときに初めて、高校生と家族の関係性や家庭の状況が顕在化することが多々あります。本人の自立に向けて、どんなに学校でキャリア教育や探究的な学習を充実させたとしても、家庭の影響は大きく根深い問題となってきます。さらにコロナが重なって、家庭の機能不全や、幼少期からの様々な体験不足は顕著に現れています。
一方、震災当時、小学生だった現在の10代後半から20代前半の若者たちは、自身の体験を言語化はできるようになってきていますが、震災時の壮絶な体験の記憶が鮮明であることに加え、心の傷の深さは、今もなお情緒に影響を及ぼしています。中には震災後に家庭が崩壊するケースも見られ、子どもだけではなく大人も、心と生活の苦しさは簡単には解決するものではないことを痛感しています。
■温かい環境で少しずつ変わってきた子どもたち・若者の様子
しゅろハウスに来る高校生や若者たちの中には、「ここは家だ」「みんなでいると家族みたい」と言ってくれる子ばかりです。「高校生の頃にここがあったら毎日通いたかった」と言ってくれる子も。通ってくる子たちは一見普通の若者ばかりですが、何かしらの心の痛みや生きづらさを抱えて生きているように感じています。
例えば、高校生のAさん。自分の本心を素直に言えない傾向がありますが、困っていることや悩みを自分で解決するために、感情をコントロールしたり、多様な関わりの中で、言葉の使い方や伝え方などを学んでいます。しゅろハウスに通い始めてから、自分を理解してくれる若者や大人と関わることで人間関係も確実に広がっています。Aさんに関わっている専門機関の方々との情報交換などを積極的に行ったり、Aさん自身から「専門機関の方をここに招待したい」という要望も受けるようになっています。
また、メンタルサポートが必要な若者に対し、様々なプロフェッショナルの方々をお呼びして、若者たちと接する機会を設けています。震災で家族を失った若者に対しても、心身が元気になり、マインドブロックが外れるような働きかけを行っています。これまで1ヶ月も仕事を続けられなかった子も、これまで口にできなかったことを相談したことを期に3ヶ月以上続けることができており、とても嬉しい変化が起きています。
■寄付者の皆さんへのメッセージ
震災で子どもたちやその家族が心に大きな傷を負い、「しゅろハウス」は、今もその影響を受けている高校生や若者の心の拠り所になっています。皆さまからのご寄付は、間違いなく石巻地域の若者の現在の支援と未来づくりに役立っております。自分の家のように感じるからこそ、高校生や若者が、大切だと感じる人や気になる友達を呼びたい、声をかけたいと言ってくれて、温かな優しい時間を生み出しております。 しゅろハウスは、オープンするまでも、オープンしてからも趣旨にご賛同して下さった仲間や地元の方々の優しさに包まれた善意と温かな想いで成り立っています。それを支えてくださっているのは、紛れもなくハタチ基金にご寄付くださっている皆さまです。心から感謝申し上げます。