活動レポートの記事

制約の多い新型コロナ対策時だからこそ 子ども達の自主性を大切にする「錦町児童クラブ」の取り組み
2020年6月8日

ハタチ基金の助成団体のひとつ、NPO法人トイボックスが運営する「みなみそうまラーニングセンター」。
震災および原発事故後に困難な環境におかれている発達や学習に課題を抱える子どもたちの居場所作りや学習・生活支援を実施しています。

2019年4月からは、放課後児童クラブ「錦町児童クラブ」をみなみそうまラーニングセンター内に開設し、待機児童解消と、障がいの有無に関わらず子どもひとりひとりを大切にしながら丁寧な支援が可能な複合型児童支援施設を運営してきました。


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震災から9年が経ちますが、震災後の不安定な環境が発達や心理に影響をおよぼし、学習や集団生活に困難が残る子どもたちもまだいます。そういった子どもたちに、放課後に心のケアと学習支援をすることを目的に市内の放課後児童クラブの巡回訪問も継続して行なってきました。

南相馬市も新型コロナウイルスの影響により3月から学校が休校となりました。
それに伴って、錦町児童クラブの子ども達は、3月中は1日中児童クラブで生活することになり、ストレスを抱えながら生活しているように感じられました。

友達同士のトラブル、ルール違反が増えていきました。そこで、臨床心理士の方からアドバイスを頂き、ルールをしっかり理解できる環境にすることと、落ち着いて過ごすクールダウンの時間を設けることになりました。

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(写真)子ども達が作った「児童クラブ やくそく」

ルールはわかりやすく 掲示することで起きた変化

ルールは子ども達に説明し、よく目につく所に掲示し頻繁に確認がしやすいようしました。

はじめのうちは、全てを覚えることが出来ない子ども達もいましたが、掲示が目につきやすいところにあることで徐々にルールを身につけることができていきました。さらに、子ども達の中から、児童クラブのルールを書いて掲示したいという子がいたので任せてみることにしました。言葉だけでなく絵を加えることで分かりやすい内容に仕上げることができていました。

子ども達自身がルールを書き掲示することでより一層ルールに対する意識が高まり、落ち着いた雰囲気の中で生活することができるようになっていきました。

■子どもたち自ら決めたクールダウンの方法

また、落ち着いて過ごすクールダウンの時間として、「みんなタイム」という時間を設けました。

最初は「先生タイム」という時間を作り、支援員が決めた遊びをするという形で始まりました。
しかし、子ども達の方から自分たちで遊びを決めたいという提案があったので、主体的に遊びを決めてもらうことにした方がより楽しく遊べるのではないかと考え、「みんなタイム」という時間に変更しました。担当の児童が企画を考え、支援員や他の児童にも手伝ってもらいながら、遊びに必要な物を準備し、遊びの手順をみんなの前で説明し、遊びを進めていくことになりました。他の時間と比べて、トラブルが少なく楽しい時間となりました。
スタンプラリー、宝探し、フルーツバスケットなど様々な遊びが企画され、子ども達の発想力の高さを感じさせられる時間でもありました。

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(写真) 思いっきり楽しむドッジボール

5月25日からは学校も再開され、子どもたちは徐々に日常を取り戻し始めています。そして、休校中に自宅で過ごしていた子ども達も児童クラブへ戻ってきています。新型コロナウイルスの影響により制限が多い中でも、楽しく有意義な時間を過ごし成長できるような児童クラブを目指していこうと思います。

多くの皆様のご支援により、放課後に子ども達が有意義な時間を過ごすことができるようになっていると実感します。心よりお礼を申し上げます。 ここには、課題を抱えた子どもも多く通っています。一人ひとりの子どもが安心安全を感じながら過ごすことができ、支援員の丁寧なサポートが受けられる環境が必要です。今後ともひきつづき皆様からのご支援をいただければ幸いです。

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(写真) 静かに遊ぶ時間。この日はお絵かきに集中

 

 

 

 

どんな時も笑顔を忘れないでほしい 新型コロナ緊急時のちょっとした工夫をご紹介「おうち保育園・仙台」
2020年5月15日

ハタチ基金の助成団体のひとつ、認定NPO法人フローレンスが運営する「おうち保育園・仙台」。
保育事業によって被災地の家庭をサポートし、経済的な復興と子どもたちの成長につながる機会を提供しています。

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いま、日本各地で新型コロナウイルス感染症の拡大防止策取り組んでいる中、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

全国の保育園でも登園の自粛要請が出ていたり出ていなかったりと、自治体によって様々です。

宮城県は、保護者が仕事を休むことが困難な子どもの居場所確保の観点から、家庭での保育が可能な保護者は、できる範囲で園の利用を控えてほしいといった要請内容となっています。
そのため、おうち保育園・仙台では、通常通り保育を行い、子どもたちと先生が一緒になって感染症予防対策に日々取り組みながら、元気に過ごしています。

本日は、おうち保育園の感染症予防対策の様子や、子どもたちと過ごす「素敵なおうち時間」をご紹介致します!


■日々の予防対策も、みんなで楽しくやることで小さな子どもでもできるように

今回のような緊急時には、大人の不安を察して子どもも一緒に不安になってしまう可能性があります。私たちが経験した東日本大震災のときもそうでした。

そのためおうち保育園・仙台では、子どもたちには出来る限りいつもと同じように園で過ごしてほしいと考えています。
太陽の光の下、好きな遊びを通して思い切り体を動かし、楽しく過ごしてもらうことも大切なことです。
屋外にお散歩に行く場合は人の密集した場所を避けるため、事前に先生が下見をし、人混みの少ない公園などを選びます。

さらに、室内での制作活動では、オリジナルのハンカチマスク作りにも挑戦しました。
子どもたちのお気に入りのハンカチで作ったので、みんな喜んでマスクを付けてくれています。

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そして、感染症予防対策の基本と言えば、手洗い!お散歩から帰ってきたり、ご飯を食べる前には、みんなで必ず手を洗います。
おうち保育園の子どもたちは、手を洗うのがとっても上手。

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(写真) ふわふわの泡で手をゴシゴシこすって、しっかり水で洗います。

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手がピカピカになったら、待ちに待ったお昼ごはんの時間です。
健康な身体作りは、栄養バランスの取れた食事から。
子ども達には美味しい料理を食べて、免疫力も高めてもらいたいとの想いから、調理の先生がご飯を作ります。

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(写真) 子どもたちは毎日たくさんおかわりしてくれるので、お昼ごはんの時間はいつも賑やかです。

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(写真) クルクルむかれたリンゴの皮に、子どもたちは興味しんしん!

時には子ども達に、より「食」を身近に感じてもらえるような食育活動も行っています。
十分な睡眠を取ることも、丈夫な身体作りには欠かせない要素の一つです。

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(写真) いっぱい食べた後は、お昼寝の時間。

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(写真) ときにはお友だちと仲良く手をつなぎながら、夢の中へ。

この他にも園では感染症予防対策として、お部屋の換気・湿度管理、掃除・消毒、スタッフやお子さんの定期的な検温を実施しています。

予防対策は行いながらも、子どもたちには出来る限り普段どおりの生活ができるように。
よく食べ、よく眠り、よく笑う子に育ってくれるよう、おうち保育園ではサポートしています!


■おうち保育園の“素敵なおうち時間”の過ごし方をご紹介

子どもたちの大好きなハンバーガー屋さんを、園内で本格的にやってみよう! と、先生たちで企画した「おうち de マック」。
オリジナルのロゴやチケットも作成! グッズ作りからこだわりました。

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メニューも本物とそっくり!
栄養士さん監修のもと、ハンバーガーはお子さん用に調味料などを調整して作りました。

大好きなハンバーガーやポテトを友だちと食べることが出来て、子ども達もとびきりのいい笑顔!
ちょっとした工夫とアイディアで、日々の園内活動も、笑顔あふれる素敵なおうち時間になります

■東日本大震災の経験を活かして みんなで協力しあい、困難を乗り越えていく

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私たちは東日本大震災に直面した際も、日本全国、そして世界中の人々が協力し合い、助け合うことで、
大きな困難を一つ一つ乗り越えていっています。

大事なのは「つらい時は、一人で悩まない」
「あせらずゆっくりと、そして大変な時でも日々の中に楽しさを見出し、みんなと過ごしていく」こと。

特に今回の新型コロナウイルス感染症では、一人ひとりの予防対策・小さな協力の積み重ねがとても大切だと感じています。

震災から9年の間に感じた「みんなで協力し合えば乗り越えられる」という気持ち。
大人も子どもも一緒にみんなで乗り越えていけるよう頑張っていきたいです。

おうち保育園・仙台では、6月7月入園の園児を募集しています。
詳細はこちらお気軽にお問い合わせください。

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自らの被災経験を糧に、有事のときこそ子どもたちを支えていく 【ブラザー・シスターの活動】
2020年4月21日

ハタチ基金の助成団体のひとつ、チャンス・フォー・チルドレン。
被災による経済的困難を抱える子どもたちに、地域の学習塾や習い事で利用できるスタディクーポンを提供しています。

いま日本中の人たちが新型コロナウイルス感染症で不安な毎日を過ごす中、チャンス・フォー・チルドレンでも今こそ自分たちにできることを模索しています。

その一つ、「ブラザー・シスター」という取り組みをご紹介します。

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■復興の裏で、ますます必要となっている心の支援

こんにちは。チャンス・フォー・チルドレン仙台事務局職員の武林里穂です。

私は生まれも育ちも仙台で、東日本大震災が起こったときは高校生でした。
震災時に多くの方に支えてもらったことへの恩返しと、当時何もできなかった悔しさから、
復興に関わる活動がしたいと思うようになり、
大学時代はチャンス・フォー・チルドレンの学生ボランティア
「ブラザー・シスター」(通称ブラシス)として活動に参加しました。
そして卒業後に学校教員として働いたのち、一昨年の春に転職してチャンス・フォー・チルドレンに戻ってきました。

被災地は少しずつ復興に向かっていく一方で、子どもたちを取り巻く課題は複雑化しています。

不登校、友人関係、家族間の不和や疾病など、経済面だけでなく様々な困りごとのある子どももいます。

そんな中、子どもたちにスタディクーポンを提供するだけではなく、
そばで寄り添うブラシスの必要性が、ますます高まっていると感じます。

今、ブラシスとして子どもたちと向き合う大学生たちは、東日本大震災当時、小学生だった子がほとんどです。
私も、学生時代、先輩たちの思いを受け継いでブラシスとして活動してきましたが、
その思いを今も絶やすことなく、今も学生たちが取り組み続けてくれていることを嬉しく感じます。

こうして、復興の担い手を増やしていくことも、チャンス・フォー・チルドレンの大切な役割だと思います。

 

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写真:利用者の子どもとの面談などについて話し合う職員(中心)と大学生ボランティア
©Natsuki Yasuda / Dialogue for People

 

■新型コロナウイルス感染症の拡大 ブラシスができる新たな活動

3月の一斉休校以降、ブラシスが利用者の子どもたちと電話面談を行ってきましたが、
生活リズムの乱れ、学習の遅れ、進路や今後に対する不安の声が数多く報告されています。

さらに、宮城県知事より週末の外出自粛要請が出ていることを受けて、
4月8日から5月6日までの期間、子どもたちとの面談を休止することになりました。

でも、こんなときだからこそ、子どもたちやご家族の支援はやめてはいけないと考えています。

チャンス・フォー・チルドレンとしては、新型コロナウィルス感染症の影響が今後も長期化することを視野に入れ、
ブラシスによるオンライン面談の導入やオンライン教育を行う団体との提携(クーポン利用先登録)、
教育事業者のオンライン対応支援、子どもたちの通信環境や学習環境整備等を進めていくことを検討しています。

そのために、全クーポン利用者及びご家族、教育事業者の状況を調査し、実態把握に努めるとともに、
利用者及びご家族のニーズに合った適切な支援の方法を模索してまいります。

日々状況が変化するため、またご報告をさせていただきます。
今後とも変わらぬご支援・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

 

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「どんな絶望からもきっと何かが見つかる」東日本大震災を経て20歳を迎えた新成人
2020年3月26日

ハタチ基金の助成対象である、認定NPO法人カタリバの「コラボ・スクール」。
震災の被害が大きく学習環境の悪化が深刻であった地域で、今も変わらず学習支援と子どもたちの心のケアを行っています。

今回は、岩手県大槌町で運営しているコラボ・スクール大槌臨学舎で学び、今年新成人になった女性にカタリバがインタビューをしました。
震災を経験して、つらい気持ちと向き合いながらも成長していく9年間の心の変化をご紹介します。


 

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カタリバは、2011年12月より岩手県大槌町でコラボ・スクール大槌臨学舎を運営し、被災地の子どもたちに関わってきました。

岩手県大槌町は、津波と火災で大きな被害を受けた、三陸沿岸の町。全人口15,994人のうち死者・行方不明者は合わせて1,284人。
建造物被害率は64.6%と、東日本大震災の被災地の中で3番目に高い被害がありました。住まいだけでなく、町に5校ある小・中学校も被災しました。町の多くの子どもたちの『日常』が失われてしまったのです。

◆「早くここから逃げだしたい」震災で居場所を失った子ども時代

今回話をお話を伺ったのは、大槌臨学舎出身の新成人、亜美さん。
彼女は、震災発生当時小学5年生。津波によって自宅は流され、母親の実家に5か月間避難をしました。

 

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亜美さん:「避難先の小学校に通ったんですが、うまくなじめませんでした。被災地に仕事で残った父親とも、地元の友達ともまったく会えない寂しい毎日でした。当時はスマホなんて持っていないので、母親に頼んで友達のお母さんに携帯で電話をしてもらい、友達を呼び出してしゃべるくらいしか楽しみがありませんでした。」

亜美さんは、大槌町に戻る目途も立たず、「この先どうしていいのかわからない」という絶望的な気持ちで過ごしていました。その後、念願叶って地元に戻ることができましたが、そこから2018年12月まで、7年以上の仮設住宅暮らしが始まりました。

亜美さん:「大槌に戻れたのは嬉しかったけれど、仮設住宅には、4畳半の部屋がふたつだけ。思春期の身には、プライベート空間がないのは辛かったですね。自分の部屋が欲しい、といつも思っていました。」

そんな亜美さんは、イライラして両親に八つ当たりすることが多く、「早く自分の力で働いてここから逃げ出したい」とばかり思っていました。
ただでさえ不安定な思春期、10代のほとんどを、自分の思うようにならずに不便な仮設住宅で過ごした亜美さん。
彼女に息抜きできる場所や、心の支えはあったのでしょうか。

◆「ほっとできる場所」から「やりたいことを探究する場所」に

亜美さん:「中学生になってから、放課後にコラボ(大槌臨学舎)に行くようになりました。きっかけは友達が行っていたからなんとなく。はじめは週2回の授業の日だけ行っていたのですが、家ではなかなか集中できず宿題もできないので、授業がない日も通って自習するようになりました。勉強目的で通っているうちに、いつからか友達やスタッフと一緒に勉強したり、思いを話せることが楽しくて行くようになりました。その時は気づいていなかったけれど、コラボとの出会いで自分は大きく変わったんだと思います。震災後、『やっと自分の居場所ができた』ように思えて、ほっと気持ちが落ち着いたことを覚えています。

 

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写真:大槌臨学舎に通う当時の亜美さん(写真中央左)

亜美さんのように被災した子どもたちは、仮設住宅や仮設校舎などでの生活を余儀なくされ、日常の居場所も、落ち着いて勉強する場所も失っていました。

そんな子どもたちを助けたいとカタリバが現地調査を行ったところ、保護者たちからも、『子どもたちの放課後の居場所』を求める声が多く、この放課後学校である、コラボ・スクール大槌臨学舎設立に至りました。
現在も、町内の子どもたちの学習指導と心のケアを行っています。

亜美さん:「コラボで、同じく仮設住宅に暮らす友達とお互いの不満や悩みを思う存分語り合うことができて、『悩んでいるのは自分だけじゃない』とわかり、勇気づけられました。元々、人に自分から話しかけにいくタイプではなかったんですが、スタッフや様々な大学生・大人たちと関わる機会を得て、引っ込み思案だった性格もちょっとずつ変わったと思います。」

中学卒業間近に行われる『やくそく旅行』というプログラムにも積極的に参加し、東京を訪れました。
旅の目的は、これからの生活で大切にしたいことを見つけることです。

そこで、身の回りの課題や関心をテーマにしたプロジェクトを立ち上げ、アクションに取り組む高校生たちの『マイプロジェクトアワード全国大会』を見学しました。主体的に行動し、自分のやりたいことや思いを語る先輩たちの姿を目の当たりにし、「高校生になったら、自分もマイプロジェクトに取り組んでみたい」と決意しました。

高校生になった亜美さんは早速、大槌臨学舎でマイプロジェクトを進めていきました。
最初は何からやっていいかわからないという迷いもありましたが、スタッフに日常的に声がけをしてもらい、自分の内面を掘り下げたり町の課題に目を向けたりすることで、徐々に方針を作っていくことができたそうです。

彼女のプロジェクトテーマは、『身近な人に、感謝や気持ちを伝えるきっかけづくりをする』ということ。名付けて、『Pleaseつたつた』。
「自分が手仕事で作ったものを渡せば、思いを伝えるきっかけになるのでは」と考え、ものづくりワークショップを実施したり、手紙リレーという企画に取り組みました。町内のショッピングモールに掛け合い、モール内の一角にイスとテーブルを設置。買い物客に声をかけてものづくりの機会を提供し、つくったものを渡すことをきっかけに「普段思いを伝えていない人に伝えよう」と呼びかける活動を行いました。

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写真:ショッピングモールの一角を使って行ったマイプロジェクトの様子

亜美さん:「いざ自分もマイプロジェクトを始めよう、自分にとって大事なことは何かと考えた時に思い出したのは、震災の一時避難から故郷に戻ってきた経験です。子どもだった私にとって、5か月間地元を離れるという不安はとても大きかった。『大槌町に戻っても、友達に距離を置かれてしまうかな?』 と心配していました。けれども友達は自然に『おかえり!』と声をかけてくれ、私が戻ってきて嬉しいという思いを言葉で伝えてくれました。気持ちを伝えてもらうことで、すごく安心できたんです。そんな原体験がこのプロジェクトを動かすエネルギーになりました。」

子ども時代引っ込み思案だった彼女は、友達関係の苦い経験もしています。喧嘩ばかりしていた同級生に、「本当は嫌いじゃない」という本音を伝えたかったのですが、彼は亡くなりました。自分の気持ちを伝えられず仕舞で、後悔がありました。

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亜美さん:「私を含めて、自分の思いを伝えるのが苦手、意見を言えない人って多いのではないか。自分が活動することによって周りもわかってくれるし、自分自身も気持ちを伝えられるようになれるのではないかという思いで取り組みました。」

ひとりひとりが自分の思いを誰かに伝えていけばそれが派生していく。言葉をかけ合う人々で町がいっぱいになったら、大槌はもっと安心して暮らせる町になる、自分の地元がもっと素敵になる。そんな目標も持って、必死に取り組みました。

◆「地域のためにできることをしたい」マイプロジェクト経験で見つけた進路

結果、ワークショップに参加した町の人々から、「思いを伝える機会ができてよかった」と感謝の言葉をもらい、高い評価も受けてプロジェクトは成功。「マイプロジェクトを通して自分も地域に貢献できた」という手応えを感じていました。

亜美さん:「私も満足していました。けれども大槌臨学舎のスタッフから、『結果に満足しているだけではいけない。何を学び、次にそれをどう活かすかが重要』とアドバイスを受けたんです。この経験を次にどう活かすかを考えて、今後の進路と結びつけきました。以前は、町を離れたい、都会に行きたいと思っていました。けれどもマイプロジェクトを通じて、地域に貢献し、感謝される喜びを初めて感じることができました。自然と、『地域のために自分ができることをしたい』と気持ちが変わっていったことに気づいたんです

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気持ちの変化に気づいた亜美さん。様々な選択肢はありましたが、自分は地元に残って働いて地域に貢献し、大槌町の復興を見届けたいという考えに至りました。

「ここから逃げ出したい」「こんな生活は嫌」と思っていた子ども時代の亜美さんが、現在の亜美さんを見たら驚くかもしれません。
高校卒業後は地元の農協に就職。窓口業務を担当し、利用者の相談や要望に応える多忙な日々を送りながら、地域の一員として役に立っているという実感もあるそうです。

「地元が大好き」と語る彼女に、成人になった抱負について聞いてみました。

亜美さん:「まずはせっかく選んだこの仕事を頑張りたい。また、岩手県内のすべての市町村に旅をして制覇したい。岩手にはこんなにいいところがある、ってもっと見つけて色々な人に伝えたいです。マイプロで、自分の思いを人に伝えることの大切さを学んだので、その経験をぜひ活かしていきたいです。」

震災の絶望の中、悲しみ、孤独、いら立ちを感じていた亜美さんは、9年間の出会いや学びによって大きく変化しました。置かれた場所から逃げ出さず自分ができることを見つけ、「地域や人々の力になる」という思いを持つ一成人として、強く成長しました。

社会人となった亜美さんは現在、カタリバへの寄付も始めました。

亜美さん:「中学時代からお世話になったカタリバに少しでも恩返ししたくて。やっぱり今年も災害とか起きていて、私が震災で体験したようなつらい思いをしている子たちの力に少しでもなれたらなと思っています。マイプロジェクト事業のますますの発展とコラボのような場所が全国に拡がっていくことを期待しています!」

 (認定NPO法人カタリバ webサイトより転載)

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一歩一歩、夢や目標を持てるようになりました【東日本大震災から9年のメッセージ】
2020年3月11日

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東日本大震災から今日で9年になります。

9年をあっという間に感じる方もいれば、「まだ9年」と長く感じる方もいると思います。
皆さんは、この9年をどのように感じているでしょうか。

被災地の、災害公営住宅などの住まいがもうすぐ100%完成に近づき、インフラもほぼ整ってきました。

この復興の姿を世界にアピールをする機会とも言われている、
東京2020オリンピック・パラリンピックがもうすぐ開幕です。
今月からスタート予定の聖火リレーは、福島県からスタートし世界が注目します。

一方、被災した皆さんの心は、まだまだ元に戻ったとは言えない状況です。

東日本大震災や東京電力福島第一原発事故で被災し、
災害公営住宅に住む岩手、宮城、福島の被災者を対象に、共同通信が実施したアンケートでは、
「生活再建が順調ではない」と感じている人が半数を超えました。

その理由は、「今の住まいや地域になじめない」が最も多く、
中には、「震災の記憶が頭から離れない」という声もありました。

 

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ハタチ基金では、「2011年に震災が起きた年に生まれた赤ちゃんが、無事ハタチに迎えるまで継続的に子どもたちを支援する」というコンセプトを元に、今も変わらず東北で活動を続けています。

ハタチ基金の助成団体の一つ、コラボ・スクール女川向学館で、毎日勉強をしている子ども達からのメッセージが届きました。

動画メッセージはこちら

震災直後は、気持ちが不安定になったり、落ち着かず勉強どころではなかった子ども達。
少しずつ、将来の夢について語れるようになったり、目標を持って取り組むことができるようになってきました。
そんな子ども達の思いが詰まった動画となっています。


コラボ・スクールを始めとするハタチ基金の活動は、皆さんからのご寄付によって継続できています。
震災のこと、被災した子ども達のことを忘れずに、一緒に支えてくださる皆さん、本当にありがとうございます。

そして、今後も継続して子ども達を支えていくためには、皆さんのご寄付がまだまだ必要です。どうぞよろしくお願いいたします。

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東京 水天宮から今年もご寄付いただきました 復興支援「お神酒ブロジェクト」
2020年3月5日

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(写真)ハタチ基金代表理事の今村久美から水天宮有馬宮司に感謝状をお渡しいたしました。

もうすぐ東日本大震災の発生から9年がたちます。
東北の被災地の復興が進めば進むほど、あの日起きたことがどんどん忘れ去られていくことを危惧しています。

そんな中、今も変わらず、毎月復興祈願をしてくださっている方々がいます。
安産祈願で知られる、東京・日本橋にある水天宮では、毎月11日の午後2時46分より、全日本災害復興祈願祭が行われ、参列した方々が祈りを捧げてくださっています。

この度、ご初穂料の一部をハタチ基金へのご寄付としていただきましたので、ここにお知らせいたします。なお、水天宮さんからのご寄付は、2015年以降毎年いただいており、被災地の子ども達のために大切に使わせていただいています。


■復興支援「お神酒プロジェクト」

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ご祈祷を受けられた方には、「福犬ボトル」というかわいいボトルに入ったお神酒を、水天宮さんよりお渡しされています。

「福犬ボトル」は、宮城県の日本酒メーカーの一ノ蔵さんとの共同企画で作られたものです。

全日本復興祈願祭は、どなたでもご参加いただけます。今後も皆さんが、東北の被災地へ思いを寄せていただけたら私たちも励みになります。

水天宮サイト「復興支援」についてはこちら

 

ハタチ基金は、3.11が起きた日から20年後のその日まで、子ども達を継続的に支援しています。企業や団体、個人の方々のご寄付によって活動を続けられています。

皆さんも、寄付で一緒に子ども達を支えていきませんか。

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売上全額をハタチ基金に寄付 一ノ蔵「特別純米原酒 3.11未来へつなぐバトン」出荷開始となりました!
2020年2月21日

2011年から、継続してハタチ基金をご支援いただいている酒造メーカー 一ノ蔵さん。

そのご支援の仕方は、「3.11未来へつなぐバトン」という名前の特別純米酒の売上全額をご寄付いただくというもの。
お酒を買ってくださった方の想いがそのままハタチ基金に届く、とても素敵なご寄付です

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今年もこの「3.11未来へつなぐバトン」が出荷となりました。

ぜひ皆さんにもお手にとっていただき、一緒に東北の子ども達を支えていきませんか。

https://ichinokura.co.jp/news/1938

一ノ蔵「特別純米原酒 3.11 未来へつなぐバトン」(数量限定)をご購入できるお店はこちら 

***一ノ蔵様サイトより***

本社蔵のある大崎市は2011年3月11日東日本大震災では震度6強、
4月7日最大余震では震度6弱と未曾有の大震災に遭遇しました。

震災直後は酒造りの見通しも立たず、社員全員が不安を抱いていた中、
宮城県内外から物心両面での温かいご支援を賜りました。

これを心の支えとして、弊社は早い時点から前へ一歩を踏み出すことが出来ました。

皆様から賜ったご恩に少しでも報いたい、被災した者同志が共に手を取り、
助け合いながら前に踏み出していきたいという想いから、社内議論を重ね、
本業である醸造発酵による支援プロジェクト
「未来へつなぐバトン醸造発酵で子どもたちを救おうプロジェクト」を
2011年12月に発足しました。

本プロジェクトは、宮城県産米を使用した商品『3.11未来へつなぐバトン』を販売し、
その弊社蔵出荷金額(弊社売上金)全額を、
東日本大震災で被災された子どもたちの継続したケアを目的とした基金団体
「ハタチ基金」へ寄付する活動です。

 震災当時0歳だった子どもがハタチを迎える日まで、弊社は継続支援して参ります。

 

また、2018年5月に行った、一ノ蔵の鈴木社長へのインタビューでは、
どんな思いで、お酒の売り上げを通じてハタチ基金をご支援くださっているのか、お話を伺っています。

 ◆「日本酒ファンの方々からの”バトン”なんです」宮城県の蔵元が復興支援の特別純米酒にこめた想い

ハタチ基金を応援してくださっているご支援企業についてはこちら

南相馬の放課後児童クラブ「錦町児童クラブ」開設からもうすぐ1年 子ども達に起きた変化の数々
2020年2月18日

2019年4月に、ハタチ基金の助成対象である、NPO法人トイボックスは、
運営するみなみそうまラーニングセンター内に放課後児童クラブ「錦町児童クラブ」を開設。
待機児童解消と、障がいの有無に関わらず子ども一人ひとりを大切にしながら丁寧な支援を可能とする複合型児童支援施設を運営してきました。

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しかし、震災から8年が経ちますが、震災後の不安定な環境が発達や心理に影響をおよぼし、学習や集団生活に困難が残る子どもたちもまだまだいます。

 

◆丁寧なサポートを通して 少しずつ取り戻し始めた心の安定 

錦町児童クラブの子ども達は、ここに通い始めて約1年が過ぎました。この間に子ども達一人ひとりが大きく成長していると、支援員として実感します。
開設して間もない頃は、宿題に集中して取り組むことができなかったり、譲り合うことが難しい子ども達が目につきました。宿題に集中できない子達には「遊びの時間が減らないようにがんばろうね」と声をかけ支援をしたり、物を譲り合えない子達にはじゃんけんで順番を決めて使うようにアドバイスをしたりしましたが、始まったばかりの頃は、なかなか状況が改善されないなと感じていました。

しかし、丁寧に根気強く取り組んでいくことで、徐々にですが宿題中の私語が減ったり、物を使う際に順番を決めて使ったりできるようになっていきました。4月と比べると、支援員が介入しないといけない場面がかなり少なくなっていると感じます。

みんなで遊ぶ時間も、4月頃は、鬼ごっこをする際、子ども達だけではルールがなかなか決められなかったため、支援員がどんな鬼ごっこにするか選択肢を出し、自分のやりたい鬼ごっこに手をあげるように声をかけてサポートしていました。

しかし、今では、意見が別れるときは子ども達が多数決をとって決めるだけでなく、少数派の遊びも多数派の遊びの前後にできるように時間を決めて遊ぶことができるようになるまで成長しました。

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◆主体的に考え、行動できるようになってきた子どもたち

さらに、子どもひとりひとりが主体的に考え、行動できるようにもなってきました。

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昨年のクリスマスパーティーの際は、司会や飾りつけなどの係を子ども達が積極的に担ってくれました。

また当初はプレゼント交換を行う予定でしたが、それについて子ども達に意見を聞いてみると、プレゼントを色々な場所に隠してお宝探しゲームにするという案に決まり、お宝探しゲームはみんな夢中になってお宝を探していました。

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(写真) 子ども達が主体となりイベントを作り上げることに

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(写真)「フルーツバスケット」も楽しみました

多くの皆様のご支援により、放課後に子ども達が有意義な時間を過ごすことができるようになっていると実感します。心よりお礼を申し上げます。

ここには、課題を抱えた子どもも多く通っています。一人ひとりの子どもが安心安全を感じながら過ごすことができ、支援員の丁寧なサポートが受けられる環境が必要です。今後ともひきつづき皆様からのご支援をいただければ幸いです。

「障害があってすみません」頭を下げ続けた母を救った保育園。~おうち保育園かしわぎの障害児預かり座談会~
2020年1月9日

ハタチ基金の助成対象である認定NPO法人フローレンスは、東京と仙台で保育園を18園運営しています。

東日本大震災後、待機児童問題が地域の緊急課題となっていた仙台市に、フローレンスが小規模保育所「おうち保育園」を開園してから5年。現在「おうち保育園こうとう台」「おうち保育園木町どおり」「おうち保育園かしわぎ」の3園を展開しています。

今では仙台市内には保育園も増え、待機児童問題が徐々に解消されてきている一方で、『障害児の保育園受け入れが進んでいない』という現状があるといいます。そこで、「おうち保育園かしわぎ」に通う、障害のあるお子さんの保護者の方と先生たちにお話を伺ってきました。


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◆仙台市の中で、障害児をあたたかく迎え入れてくれる保育

「おうち保育園かしわぎ」で元気いっぱい過ごしているサチ君とヨウスケ君のお母さんも、お子さんが障害を持っているために入園できる保育園がなかなか見つからず、苦労をした経験者。

そんなお二人と、当時入園の相談にのった元かしわぎ園長・山本先生にインタビューさせて頂きました。

 

プロフィール

前列右端:元おうち保育園かしわぎ/現おうち保育園こうとう台園長・山本

2018年度までかしわぎ園園長を務め、今年はこうとう台園園長として勤務している。

前列中央:白浜さん(仮名)

ヨウスケ君(仮名。前列右から2番目、現在2歳)のママ。2019年4月、ヨウスケ君が1歳の時に
おうち保育園かしわぎに入園する。夫婦で八百屋を経営。

前列左から3番目:足立さん(仮名)

サチ君(仮名。前列左から2番目、現在3歳)のママ。おうち保育園かしわぎに入園して2年ほど。
自営業を営む、3児のお母さん。サチ君は、3番目のお子さん。

※座談会は2019年9月に行ったものです

 

◆障害がある子をもつ親は「働く」ことを選べない? 子どものためにも保育園に通わせたい保護者の悩み

 

――まずは白浜さんのお子さんについて教えていただけますか。

白浜さん:ヨウスケは小さく生まれ、成長がゆっくりでした。病気がちでもあったので病院で診て頂いたら、障害があると診断されて。「ルビンシュタイン・テイビ症候群」という珍しい障害であるとわかりました。でも、お友達と一緒に過ごしたり、独り立ちに挑戦できる道はないか?と保育園の入園を希望しました。

――病院の先生は、特別な療育施設ではなく、一般的な保育園に登園ができるという判断だったんですね?

白浜さん:いえ、うちの子は、主治医からこの先もし食べられなければ胃ろうだと言われていました。それを聞き、私も敏感になって「この子はゆっくり大切に育てなきゃ」と思っていたんです。保育園の入園についてもその時は考えられなかった。

でも、差し迫って管を入れるなどの医療的ケアが必要ではなかったので、思いきってこの保育園に入れてみました。そうしたら入園後すぐミルクが離れて、ごはんに切り替えられたんです。胃ろうどころか、すぐにごはんが食べられるようになるなんて予想もしていませんでした!

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(写真:色んな事に興味しんしんなヨウスケ君。家族や友達、先生たちと一緒に毎日楽しく過ごしています。)

――すごい!保育園に入ってから?

白浜さん:できるようになっちゃった(笑)やっぱりお友達と一緒にいる力ってすごいな。思いきって子どもを外の世界に出してみたら、色んなことを吸収して、どんどんできることが増えていきました。

――それはすごいですね。足立さんのお子さんはどうですか?

足立さん:うちは白浜さんとは逆で、子どもが大きく4500グラム近くで生まれました。身体のいろんな部位が一般の子より大きい、先天性の病気です。例えば、舌も大きいので、発音に問題があったりするんです。発達も年齢に対してゆっくりです。でもヨウスケ君と同じで、この園に来たら普通の発達曲線に乗れて、今ではペラペラしゃべります!

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(写真:サチ君(写真中央)とお友達。体格、髪の色等が違えども、それは個性。皆とっても仲良しです。)

――お子さんの発達を理由に、働くのを諦める選択が頭をよぎったことは?

白浜さん:まだ障害の診断が出ていない頃に保育園入園を考え、区役所の保育課に問い合わせた時のこと。「息子は少し発達が遅いのですが」と伝えました。そうしたら「受け入れられる保育園はない」と言われてしまい、とても驚きました。さらに、「本当に働くの?まだ小さいし、お母さんと一緒がいいのでは」とも。

普通の子は保育園に行けるし親も働けるのに、子どもに障害があるとそれだけで、親は働くことも駄目なのかと思いました。

足立さん:私も、役所の窓口で「無理して働かなくていいんじゃない?」と言われました。

白浜さん:帰宅してから、モヤモヤしてきて。あれは『働いちゃ駄目』ってことかな。『障害ある子をもつ、他のお母さんは働いていないよ。なのに、あなたは働くの?』と責められたように聞こえた。嫌だな、納得できないなと思ったんです。

 

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――足立さんも最初、保育課で「受け入れられる保育園はない」と言われていたんですか。

足立さん:保育課で「本当に申込書を出すのか?」と何度か言われましたね。お願いしたものの、その区からは「絶対駄目だと思う」「空いている園はない」と、結局一園も紹介してもらえなかったです。絶望しました。「本当にないんだ」と……。

でも諦めきれず、別の区にも行きました。結果、空いている園が一つあったので見学に行くと、障害に関する分厚い資料を渡され、「入園は大変ですよ!」というようなプレッシャーを感じました。案の定、すぐに入園お断りの電話がありました。

園見学は、おうち保育園かしわぎを含めて3つ行きましたが、他の2園からは「前例がない」と断られてしまいました。

白浜さん:私も2、3園チェックしていたんですが、断られました。次々拒否されるうちに、無理に入園させてもらうのはわがままで悪いことなのかも。うちは迷惑な親子なのかなと思えてきてつらかった。

 

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――大変なご苦労をされてきたんですね。おうち保育かしわぎは「企業主導型保育園」なので、普通の園と入園手続きが違うと思うのですが、山本園長、ポイントを教えていただけますか?

園長山本:入園は行政を通さず、園と保護者が直接契約します。ですから、保護者から直接園に入園申し込みをいただき、面接・入園契約、という流れです。また、保育料は一般的な認可保育園と同程度で、利用者の料金は一律の金額になっています。

――なるほど。いわゆる行政を通した保育の必要性認定が関係ないから、世帯年収による保育料の違いもないし、自営かどうかで点数が下がることもないですね。足立さん、白浜さんは、どういうきっかけでおうち保育園かしわぎを知ったんですか?

足立さん:私は、フローレンス代表の駒崎さんのSNSで定員に空きがあると知り、入園説明会に参加しました。

この園でも入園を断られるだろうかとおそるおそる相談したら、山本園長先生が「え?!入園のなにが駄目なんですか?」と言ってくれて、予想外な反応でした(笑)私も驚いて「本当に入園、いいんですか?」って。

園長山本「なにが駄目なんだろう?」って、逆に思ったんですよ(笑)

 

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(写真:遊ぶ時は子どもたちと一緒に全力で。熱いフローレンス魂を胸に秘める山本先生。)

足立さん:私、入園先を探して他園をまわっていた時、ずっと謝っていたんです。

「うちの子、すみません。障害があるんですが、入園いいですか」と。でもこの園では、私が「すみません」と口にすると、園長先生が「どうしてそんな風に謝るんですか?」と言ってくれ、私にも子どもにも、他の皆と変わらず接してくれました

白浜さん:うちも、入園を断られてどうしようかと思っていた矢先、知り合いから「フローレンス、知ってる? 保育園をやっているみたいだよ」と教えてもらいました。

園長山本:お知り合いの方、神ですね(笑)

白浜さん:本当に(笑)ダメ元で入園説明会に行ってみたら園の雰囲気も良く、親身に話も聞いてくれて。もう絶対ここに入りたいと思いました。

園長山本:お二人から、何園も断られたという話を聞きました。もっと早くに、うちの園に来てくれていたら!

白浜さん:説明会の時、先生方に子どもを預け、初めて親と離れて過ごしてもらったんです。そうしたら先生や友達と楽しそうに遊んでいて。「息子自身も自立を望んでいるのかも。外の世界で楽しく過ごせる可能性があるんじゃないかな?」と感じ、入園したいと思いました。私の仕事のこともあるけれど、子ども本人のためにも!

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(写真:2019年1月のサチ君とお母さん。この日は園で餅つき大会。皆で仲良く、美味しいお餅を食べました。)

◆障害の有無で子どもたちの可能性を否定しない

――先程のお話ですと、山本先生が逆に「何が駄目なのか?」と聞いてしまうような、驚きの対応をされたということなのですが(笑) 山本先生は、どの園の入園も断られていたお母さん方の相談に乗り、どう思いました?

園長山本:おかしいな、と思いました。フローレンスの中で「障害」は、「壁」になりません子どもに障害があっても保護者が「働くこと」を選択でき、障害があっても皆と共に生活できる子ども達であって欲しいと思っています。子ども達も一人間です。障害の有無で子ども達の可能性を遮るのは違う、という思いがあります。

――なるほど。「障害」は「壁」にはならないと。

園長山本:例えばフローレンスでは、外国の人の受け入れも普通に行います「肌の色や言葉の違いに、隔たりはない。皆一緒」というスタンスです。それぞれの子ども達が一緒に生活していく中で、助け合い、相手を思いやる気持ちが育ちます。

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――障害は、肌の色が違うとか、髪の毛がくせ毛だとか、それと同じようにお子さんの個性ということですね。

園長山本障害に対し支援は必要かもしれないけれど、「障害は悪いこと」では決してありません。私達に苦手なこと、出来ないことがあるのと同じです。

――預け先がなく思い詰めていた時、お母さん方はこのように言われ、どう思いましたか?

白浜さん:存在を認めて丸ごと受け入れてもらえた、救ってもらった感じがしました。

足立さん:この園に来るまでは、「この子はどういうことが出来ないの?」とマイナス面ばかり質問されていました。そうなると、私も無意識に「すみません」と言ってしまう。でも、おうち保育園ではそれが全然なかった。「すみません」ばかりだった自分を、おうち保育園が変えてくれたんです。

園長山本:園からは、必要な支援を教えて欲しいとお話しました。お母さんから「言葉が少し苦手です」と相談があれば、「いっぱい話しかけますね」というようにお伝えしました。

 

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(写真:他のお子さん達と一緒に、自分の力でご飯をパクパク食べるヨウスケ君。食欲旺盛です。)

◆保育園生活にチャレンジしたことで、子ども自身の生きる力が育ってきた

――先程、お子さんが入園してすごく成長したとのことでしたが、具体的に「これは予想していなかったわ!」という変化はありますか?

白浜さん:いっぱいあり過ぎて……。先程も紹介したように、ヨウスケは吐き戻しも多く、胃ろう手術の可能性もあったほど食事の摂取が一番の悩みで、入園前までは例えば麦茶にとろみを付けたものや、ミルクを飲んでいました。でもいざ入園して、お友達が食べている姿を見て心境の変化があったのか、食事がだんだん進むようになってきて。家でもおやつをパクパク食べられるようになった!

――食べられるようになったんですか!

白浜さん:バナナを食べた時は感動して、「この子が食べた! できるようになるとは思わなかった!」と喜びました。4月に入園して、同月末にミルクを卒業して食事に切り替えられたことが、すごい驚きでした!

――子どもって予想を遥かに超えてきますね。

白浜さん:子どもの力を、私自身が信じてなかったんです。でも入園したら興味や自己主張が活発になって、どんどん「あれもやりたい、これもやりたい」と、出来ることも増えて。ちょっと予想外(笑)もっと静かで大人しい子かと思ったら、すごい活発系! 本人に意欲があったことが、すごく嬉しかったです。

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(写真:バスに乗って、少し遠くまでお出かけすることも出来るようになりました。)

足立さん:私は入園するまでは不安が多く、子どもを外で思い切り遊ばせていなかったんです。でも入園して多くの信頼できる人に出会えたことで、子ども自身がいろんなことを自分一人で出来るようになり、驚きました! 入園したことが、子ども本人のためにとてもなっているなと感じます。

――お子さんにとって、自分の気持ちを安心して出せる場所になっているんでしょうね。

足立さん:子どもだけではなく私自身が、この保育園では100%自分の気持ちを安心して出せる場所になっています。

白浜さん自分の家以外に存在を認めてくれる場所が、一つでもあったことはとても自信になりました。障害のある子をもつママ友に、保育園に通っているとお話すると、「うちも入れたいけれど、受け入れ先がない」「どこの園?」と、聞かれます。

園長山本:ぜひおうち保育園に来てほしい!

――受け入れは仙台の、かしわぎ以外のおうち保育園も大丈夫なんでしょうか?

園長山本:私達としてはぜひ受け入れたいのですが、仙台にある他2園のおうち保育園は行政による認可保育所の区分になります。ですので、たとえ私達が受け入れたいと言っても、もし区の窓口で断られてしまうと、入園できないんです……。

――認可だと、行政の保育課経由なので受け入れが難しい場合があるんですね。おうち保育園かしわぎは、企業主導型の保育園なので様々な条件に対して柔軟に対応できます。

園長山本:そうですね。障害児もそうですし、発達が心配だというお子さん、保護者が求職中であるとか、パートタイム、といった通常保育認定のポイントが少ない方でも受け入れが可能です。

 

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――おうち保育園かしわぎに白浜さん、足立さん親子が出会ってくれてよかった! 奇跡的なお話をたくさん聞けて、とても感動しました。では最後に、同じように悩まれているかもしれないお母さんやお父さん達に向けて、一言ずつ頂けますか?

白浜さん:私は最初、障害がある子どもがいると、自由に選択出来ない人生しかないのかなと思っていました。けれど、私はこの園に出会えた。息子も自分で選んで、ミルクを卒業してご飯を食べました。だから「諦めないで。楽しい未来が待っていますよ」と伝えたいです。こういう園が全国に広がって、少しでも同じ悩みを抱える保護者が、下を向かず、自分の生き方を選んでいける世の中になって欲しいと思います。

園長山本:素敵。ぜひ園のスタッフとして来て欲しいくらいです!(笑)

白浜さん:では八百屋がつぶれたら、ぜひ(笑)

足立さん:私は偶然フローレンスを知っていて、幸運な結果になったけれど、他の方にとってはまだまだ情報の格差があると思うんです。例えば役所や発達支援施設、保育園などの間で情報の共有がされていると、入園までもっとスムーズになっていいな、と。

――保護者の方がどこに行っても同じ話をして、同じ断られ方をされたら、辛いですよね。

足立さん:役所や発達支援施設が、私たちの例をポジティブに捉えてくれて、今後もし困っている方の対応をする際に「素敵な保育園がありますよ」と、紹介してくれたらいいのですが。

――行政が本当にやる気になってくれないと、なかなか変わらないですものね。すごく大事な意見、ありがとうございます。では最後、山本先生お願いします。

園長山本:仙台ではこういった園の数が限られていて、入園できる、できないの差がある現状が、変わっていって欲しいと思います。また、本当に困っている保護者の皆さんにたくさん頼ってもらえる園を目指して、これからも日々精進していきたいなと思っています。幸運なことに私の周りには、この想いに共感してくれ、素敵な保育をしてくれるおうち保育園・仙台のスタッフが大勢います。私一人では出来ないことも、想いを共にするスタッフが一致団結すれば、必ず達成できると信じています!

――おうち保育園は仙台に3園ありますからね。

フローレンスは「みんなで子どもたちを抱きしめ、子育てとともに何でも挑戦でき、いろんな家族の笑顔があふれる社会」を目指して多様な保育現場を運営する事業者です。これからもいろんな親子に笑顔をお届けしていきたいですね!本日はありがとうございました。

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(写真:「Give upをStep upに!」をモットーに、これからもおうち保育園かしわぎは「みんなの笑顔が溢れる社会」を目指して頑張ります!)

 

「被災地域で広がる 共に支え合う関係」2019年もご支援ありがとうございました
2019年12月17日

2019年も残りわずか。
ハタチ基金の助成対象であるチャンス・フォー・チルドレンより、今年1年の皆さんへの感謝のメッセージが届きましたのでお伝えします。

チャンス・フォー・チルドレンは、被災による経済的困難を抱える子どもたちに、地域の学習塾や習い事で利用できるスタディクーポンを提供しています。人と人との関わりの中で、被災地域では“ある変化”が起きているようです。


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チャンス・フォー・チルドレン(CFC)代表の今井悠介です。2019年も活動を支えていただき、本当にありがとうございました。

東日本大震災発生後に法人を設立し、これまでCFCの活動に携わってきて、この活動の良いところは「関わり方が変化し続ける」ことだと感じています。特に近年は、印象的な出来事がいくつもありました。

私たちは、ある石巻市出身の中学生の女の子と、2011年に出会いました。高校卒業までの4年間はクーポン利用者として、大学入学からの4年間はCFCの大学生ボランティアとして、関わってくれました。そして昨春、大学を卒業した彼女は、地元の石巻市に戻り、中学生のころからの夢だった管理栄養士として、被災した地域の人たちを支えています。

また、CFCでは近年、3名の職員が入職しました。いずれも大学時代、仙台事務局でボランティアとして活動してきた面々です。企業や行政などへの就職を経て、その経験を生かしてCFCの団体運営に携わっています。

この他にも、大人になって、毎月の寄付を始めてくれた元クーポン利用者。寄付だけでなく、ボランティアとしてかかわり始めてくれた寄付者の方。一人ひとりの関わり方は、変化しつつづけています。

CFCは支え合いのコミュニティです。「支える側」と「支えられる側」といった、固定的で明確な隔たりを作るのではなく、その関係性は常に変化し続けます。支えていた人が支えてもらうときだってある。支えていると思っていた人が、実は自分自身が支えられていたということに気づく。そんな風に、共に支え合える関係性を広げていきたいと思います。

何より、私たち自身、子どもたちの頑張りからいつも力をもらい、支えてもらっています。きっとそのように感じてくださっているサポーターの方も多いのではないのでしょうか。

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©Natsuki Yasuda / Dialogue for People

先日、東日本大震災で被災し、3年前までCFCのクーポンを利用していた宮城県のお子さんから、お手紙をもらいました。彼女は、昔から医療の道を志していたのですが、現在は医療系の大学で薬剤師になるべく勉強に励んでいるとのことで、夢に向かって前向きに過ごせていることを嬉しく思いました。またお手紙の最後には、「いつか何らかの形で皆さんに恩返ししたい」と記されており、子どもたちが成長するにつれて、ますます支え合いの輪が広がっていく兆しを感じています。

これからも、この支え合いの輪を広げてまいります。今後とも、応援のほどよろしくお願いいたします。

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