活動レポートの記事

誰一人取り残さない。 ふたば未来学園が学校一丸で取り組んだ、ICTを用いた学びの環境づくり
2021年3月25日

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新型コロナウイルスの拡大は、学校現場にも大きな影響をもたらしました。

ハタチ基金の助成先団体であるNPO法人カタリバの常駐する、福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校(以下、ふたば未来学園)でも、3月から春休みまで、そして緊急事態宣言の全国への拡大に伴い4月21日から5月下旬まで再び臨時休校期間が続きました。

ふたば未来学園では生徒一人に一台のタブレットが用意されていましたが、ICTを活用した一斉の課題配信や授業配信はこれまでほとんど行われたことがありませんでした。そのなかで今回、なぜICT化を実現することができたのでしょうか?どのような準備があり、外せないポイントは何だったのでしょうか?カタリバスタッフからのレポートです。
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突然の休校決定、生徒の学びを保障するために取り組み始めたICT化

それは突然のことだった。

2月27日夕方、「全国の小中高に3月2日からの臨時休校要請」との速報。

職員室、カタリバスタッフが常駐する双葉みらいラボでは、動揺が広がった。ニュース速報を知って、「うちも休校になるの?」と尋ねてくる生徒もいたが、教員もカタリバスタッフも速報を知ったタイミングは同じ。その日は、生徒に説明もできないままに終わった。

臨時休校を前に、教員やカタリバスタッフから「休校中、教員が生徒と繋がりを保つためにどのような方法があるだろうか」「なんでもかんでも提供するのではなく、生徒が自立的に家庭学習を行う状態を目指したい」というような声が口々に挙がった。また、突然の環境変化による生徒の心身不調を心配する声もあった。

臨時休校開始まで、職員室では休校期間中の対応について議論が重ねられた。そして、毎朝各クラスの担任中心で実施する「オンライン朝学活」や、教科ごとに実施する適宜の「オンライン課題進捗確認面談会」、カタリバが中心となって毎日運営する「オンライン双葉みらいラボ」などの実施が決定した。全生徒が各自宅から参加するような大規模なICT活用はふたば未来学園で初めてのことであったが、今回のコロナ禍を契機に各先生のICT化をサポートしようとする管理職が、これらの決定を後押しした。

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オンライン双葉みらいラボの様子

休校前最後の登校日となった3月3日は、全学年で休校中の過ごし方に関するアナウンスと、必要なICTツールの導入・使用方法に関するレクチャーが行われた。ここには、担任のみならず、多数の教員・カタリバスタッフがサポートに駆けつけ、生徒の疑問やつまずきを一人ずつ解消していった。

この他オンライン個別進路面談や希望者向けのオンライン課外など、生徒の声を拾いながら、3月の休校期間中に随時新たな取り組みが生まれていった。

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生徒のサポートに回る教員・カタリバスタッフ

再びの休校 ワーキンググループを立ち上げ、学校全体の取り組みとして深化

4月8日、福島県内の学校では登校が可能となったが、全国各地で新型コロナウイルス感染拡大が続いている状況から、再びの休校開始の可能性が濃厚になっていた。その状況を受け、校内に「家庭学習ICT活用支援ワーキンググループ」を設置。3月の休校期間中に各教員やカタリバスタッフのもとで実践されてきた知見を集約し、再びの休校に向けICT活用法や課題を整理した。そのうえで学校全体で組織的に取り組んでいくための環境整備に取り組んでいった。

こうして準備を進めていくなか、ワーキンググループ発足から1週間後、ふたば未来学園でも再びの臨時休校が始まった。

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4月の臨時休校を前に開かれた教員向けICT講習会の資料の一部

3月の臨時休校との大きな違いは、45分授業×4校時からなる特別時間割を組み、全学年で遠隔授業を実施したことだ。3月以降、断続的な休校措置が取られるなか、既存の履修内容の復習に留まらず、各教科の年間指導計画を踏まえた新たな内容の学習に取り組んでいくこととした。遠隔授業の手法は教員間で議論を重ね、「同時双方向(リアルタイム)型」での遠隔授業に限らず、事前に動画や教材を配信する「オンデマンド型」、プリントや問題集による「課題提示型」など、その手法は各教科会や担当教員が授業の特性に合わせて選択する形とした。

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中学1年生でのリアルタイム型の遠隔授業の様子

この他にも、全学年でのzoomを活用した朝学活の実施、3月から引き続きのオンライン双葉みらいラボの開館など、休校中の生徒の学びを1日を通して保障する環境を設計した。

ふたば未来学園では4月21日以降、本来であれば登校するはずであった18日が臨時休校となったが、この期間に結果として、72校時分の授業時間を確保することができた。また3月の臨時休校から実施した「オンライン双葉みらいラボ」には、のべ429人の生徒が来館した。

取り組みの振り返りとこれから

福島県では、5月25日に休校期間が明けた。休校期間終了後ふたば未来学園では、今回の休校期間中におけるICT活用の取り組みに関して、全教員・生徒を対象にアンケートを実施し分析を進めている。

家庭のネットワーク環境の有無などに起因する通信環境の制約や、画面越しでの生徒の理解度把握の難しさなど、実施したことによって見えてきた課題もある。一方で、下記のようなメリットを挙げるコメントもある。

教員の声:
「事前に授業中の指導内容を精選することで、遠隔であっても授業進度が確保できた」
「ICTツールを活用した追加資料の事後配信や個別の質問対応など、授業後のフォローもしやすい」

生徒の声:
「自分のペースで進められる」
「わからないところをチャット機能で先生にすぐ質問できる」
「時間的な余裕が生まれた」

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遠隔授業に参加する生徒の様子

今回、学校をあげてICT化に取り組むことができた要因について、ふたば未来学園学園の南郷市兵副校長に話を聞いた。

南郷副校長:「今回の臨時休校中にICT活用を通した家庭学習を実現できた要因はいくつかありますが、偶然は1つもなかったと思うんです。

『教員個々のマインドセット』、『3月のプレ実践』、そして『一部の教員の取り組みとせず、組織的な取り組みとして進めたこと』、要因はこの3点だと考えています。

1点目について、今回の一連の取り組みでは、教員個々人が誰かからの指示を待つのではなく、状況を見極め主体的に行動する姿が目立ちました。ICT活用経験のある教員がzoom等のツールや機器を使いこなすために自作マニュアルを共有したり、お互いの遠隔授業のサポートに入ったりするなどの行動が、随所で起こりました。また、生徒だけでなく教員間でも『誰一人取り残さない』、その精神がチームワークを生んでいたように感じます。これはクロスカリキュラム(教科を横断した授業づくり)など、昨年度までに行ってきた取り組みも効いていたのかもしれません」

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休校延長が決定した後、ゴールデンウイーク明けに実施した第2回教員向けICT講習会

南郷副校長:「2点目の『3月のプレ実践』について、3月はICTを活用しあらゆることに挑戦した1か月でした。zoomを活用した朝学活や遠隔授業、オンライン双葉みらいラボなど、3月に挑戦してみたこと1つ1つが、4月の臨時休校期間の取り組みに繋がりました。プレ実践の実績があったことで、想像ではなく取り組んできた事実をベースに建設的な議論を重ねることができたと感じています。

3点目について、今回のコロナ禍に際して本校では『コロナ対策を万全に講ずることと、生徒の学びを保障することの両立を図る』というテーマを置き、早い時期から組織的に取り組んできました。例えば3月、臨時休校が決まった直後の生徒登校日に、即座に家庭のネットワーク環境に関するアンケートを行いました。これは、ICTを活用した家庭学習の実施可能性を念頭に置き、管理職からの提案で実施したものでした。

この事例には続きがあります。その後、4月に入り入学式を控えたある日、中学の教員が入学式当日に新入生にも同様のアンケートを実施しようと準備を進めていることを私は知りました。これは、管理職の誰かから提案したものではなく、その教員は『この状況下で当然実施すべきものだ』というマインドセットを持ち、自主的に準備を進めていたものでした。

このように、3点目の組織的な取り組みだけでなく、1点目の教員個々のマインドセットとの両輪が回ったことにより、一連の取り組みは加速しました。さらに、3月でのプレ実践という挑戦があったことで、より確度の高い取り組みにしていけたのだと考えています」

臨時休校が明けた今も、ICT活用は各所で続いている。

探究学習などでこれまで学校に直接呼んでいた県内外からのゲストについては、現在は直接呼ぶことができないが、遠隔授業のノウハウを活かしながら、オンライン会議ツールを活用して6月だけでも既に10回以上実施している。オンラインで繋ぐための技術的なサポートは必要となるが、直接ゲストを招く場合に比べ、移動に伴う時間的・金銭的制約も少なく、生徒とゲストを繋ぐ頻度をこれまで以上に高めていく契機にもなりそうだ。また休校前に比べ、ClassiやGoogle classroomなど、生徒と教員のコミュニケーションツールの活用頻度も大きく伸びた。

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休校明けに実施された「オンライン考査学習支援」

今回の臨時休校によって失われた、学びの機会や経験は少なからずある。一方で、一連の取り組みで得た経験やノウハウは、休校が終わったからといって無くなるものでもなければ、再び休校前の形に戻すものでもない。オフラインとオンラインの双方良いところを活かした学びの環境設計に向け、ふたば未来学園では次の一歩を踏み出し始めている。

 

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震災直後から、ハタチ基金とともに歩んだこどもたちの10年~チャリティーコンサート2020より~
2021年3月10日

 

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今年は東日本大震災から10年目の節目となります。ハタチ基金は震災当時から、「東日本大震災発生時に0歳だった赤ちゃんが大人になるまで」をコンセプトに活動を続けてきました。

先日、長くハタチ基金を支援してくださっている寄付者の方が主催してくださり、ハタチ基金チャリティコンサートが開催されました。コンサートには、震災当時中学生だった阿部泰喜さん、高木桜子さんが演奏者として参加してくれました。2人ともそれぞれ宮城県女川町、岩手県大槌町で被災を経験しています。

今回はコンサート内で行われた2人へのインタビューセッションの内容を紹介します。聞き手は、ハタチ基金理事の今村です。

ハタチ基金が震災発生時から続けてきた支援は、被災地の子どもたちに何をもたらすことができたのでしょうか。

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被災後も実家の新聞店を手伝いながら、コラボ・スクールに通った

【今村】泰喜くんは今年で23歳。震災当時は中学1年生だったんだよね。震災があって、ご自身の生活はどんなふうに変わりましたか?

【阿部】自宅がかなり海に近い海沿いにあったので、自分の家と、新聞屋をやってるんですけれども、そのお店も流されてしまって。
幸い家族とか親族は無事だったんですけど、自分が大事にしていたものも流されてしまいました。震災直後は本当に衣食住を何とかするのに必死でした。

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<プロフィール>
宮城県女川町出身の阿部泰喜(あべたいき)さん。震災当時13歳。震災直後、コラボスクールに毎日のように通学。現在は東京で音楽活動中。

【今村】そんな中で、家の手伝いもしていたんだよね。新聞屋さんであるお父さんのお仕事は、震災後の町を支える重要な役割でした。

【阿部】そうですね。もともと新聞を配達する仕事もしていたんですけど、震災直後は隣町から持ってきた新聞を自転車で各避難所に配ったりしました。
当時はテレビも全然見れなくて、携帯の電波も通じてなかったので、情報を得るにはラジオか新聞っていう状態だったんですよね。
だから避難所に新聞を配達しに行くと、みんなが新聞を欲しがる。必要とされてるんだということは、中学生ながらに感じていました。本格的に手伝い始めたのはちょうどその時期ですね。

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【今村】泰喜くんは、女川町のコラボ・スクール(※)である向学館にもたくさん来てくれていたよね。

(※コラボスクールとは:東日本大震災によって被害を受けた宮城県女川町と岩手県大槌町に認定NPO法人カタリバが設立した子どもたちの居場所・学びの場。ハタチ基金からの支援を受けて運営している)

【阿部】そうですね。特に受験の時は。やっぱり家がかなり狭かったんですよね。2人の弟もまだ小さかったし。ちょっとバタバタしてるのもあって。
被災しても受験は待ってくれないから、落ち着いて勉強するために自習室とかを使って勉強させてもらっていて。質問したいことがあったらボランティアで来ている大学生の先生に質問していました。今でも仲良くさせてもらってる人もいます。そういう人たちに会えるのは当時の自分にとってはなかなか新鮮でしたね。女川町には大学はないですし、ちょっと大人なお兄さんお姉さんに相談ができたのは向学館があったからだと思っています。

【今村】もう1人紹介したいと思います。岩手県の大槌町で出会った高木桜子ちゃんに来ていただきました。

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<プロフィール>
岩手県大槌町出身の高木桜子(たかぎさくらこ)さん。震災当時13歳。吹奏楽部を通して大槌町の語り部やチャリティー演奏を行ってきた。大学卒業後、今年度からカタリバの職員として就職予定。

【高木】岩手県大槌町出身の高木桜子です。今は東京に住んでいます。
震災当時は中学校1年生でした。家族は無事だったんですけど、津波で自宅が全壊してしまいました。仮設住宅で、5人兄弟と両親の7人で仮設住宅に住んでいた時期もあります。

【今村】大学進学時に上京して、東京では少し特別な大学生活を過ごしていましたよね。

【高木】はい。夜間の大学に行ってるんですけど、お昼は大学の中でアルバイトができる制度があって。毎日学校に朝から晩までいるという生活をしていました。経済的に自立しようと思って、ほぼ全額自分で大学の学費を稼いでいます。

【今村】働きながら夜間コースで学ぶって、すごい大変なことだと思う。

【高木】でも楽しかったです。毎日大学の中で働いてるので職員さんと繋がりができたりとか、あとはサークルも2つ、3つくらい入っていたので。毎日ぎっしり予定を入れて過ごしてました。もちろん勉強もして、この春に無事卒業が決まりました。

【今村】良かったね。ほんとにやりたいことを全部やった4年間だったと思います。
そんなアグレッシブな桜子ちゃんだけど、中学生の時とかはそんなキャラじゃなかった印象があるなあ。

【高木】そうですね。中学の時の自分は真面目な、隅で静かにしているようなタイプでした。カタリバのコラボ・スクールが大槌にできてそこに通ったり、部活とかでいろんな人に関ったりして、それでちょっと明るい方向に変わったんじゃないかなって思ってます。コラボ・スクールができた当時は、最初は無料だから行ってみようみたいな、それくらいの感覚でした。

【今村】コラボ・スクールは全国の皆さんに寄付で応援していただいて、その財源で運営しています。1年目はスクールの利用料は完全無料にしたんですよね。桜子ちゃんもよく来てくれて。普段話さないコミュニティの人も多いし、自分のことを説明する機会も増えるよね。

【高木】そうですね。それで実際に行ってみると、たくさんの、しかも大槌町にはいないような感じのスタッフの方がいて、皆さんと話して会うたびに「桜子です、桜子です」って何回も自己紹介してた記憶がありますね。

【今村】あの時は私たちも、スクールを運営できるような施設は全部流されちゃってるから、お寺とか神社とか、その横の公民館施設とか、毎日違う場所で、「今日はここがコラボ・スクールです」みたいな感じで運営してましたね。それもまた面白かった。

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【今村】そんな桜子ちゃんですが新しい進路が決まったんだよね。

【高木】来年は大槌町に戻って、自分の出身校である大槌高校の魅力発掘・発信という活動と、マイプロジェクト(※)の活動に携わらせていただくことになっています。つまり、カタリバの職員になりました。

(※マイプロジェクト:身の回りの課題や関心をテーマに プロジェクトを立ち上げ、実行することを通して学ぶ、 探究型学習プログラムです。被災地の高校生との対話と活動のなかから生まれた学習プログラムです。)

【今村】被災してそこで出会った人を採用するっていうのは今回初めてかもしれない。
それが1番いい道なのかなっていうのは私自身も経営者としてとても悩んだけど。どういう経緯でやりたいと思って、決めたんですか?

【高木】自分がコラボ・スクールの生徒だった時に、すごく印象に残っていることが2つあって。
1つ目はSkype英会話でフィリピンの先生とSkypeで話をしたこと。今はもう当たり前だけど、当時Skype英会話もまだ新しくて。部活でいろいろ悩みがあるときも、Skype英会話の先生が親身にずっと聞いてくれました。それが、すごくカッコいいなと思って。
もうひとつは、進路を考えだした時、地元の感覚では高校卒業後に岩手県の大学どこか行くのが普通だったので、私もあまり考えずに同じことをコラボ・スクールの先生に話したんです。そしたら「安易な考えだね」と言われて。

【今村】それで、何か気づきがあったんだ。

【高木】はい。一言で、価値観が、自分の当たり前だと思ってたことが変わった出来事で。そんなふうに、コラボ・スクールの先生から影響を受けた私が、これからは自分の地元の子たちにも何かしてあげられたらいいなっていう気持ちがあります。

【今村】私も大槌町に行っていろんなことを見て聞いて経験しました。その経験を通して、地元の子どもたちにとって、学校の先生や友人とも、家族とも違う、ナナメの関係の人たちと関われる場所を作っていくことが大切だと思ってます。
いつか、その場所が大事だと思える人たちが、自らそれを作ろう、続けようということを担ってくれたらいいなと思ってたんですけど・・・まさかこういう形で、桜子ちゃんと一緒に仕事をする日が来るとは思ってなかったので、私も嬉しいです。
ということで、いろいろな経験をした2人が、こうして大人になってこの場に参加できるのは感無量ですね。

【高木】はい。やっぱり大学を卒業して社会人になる前の今だからこそ、寄付という形で私たちを支えてくださった方や、応援してくださっている方の前で、支えていただいた立場でコンサートに参加できたのが、すごく意味のあるものだったんじゃないかと思います。
私が震災を経験しても当たり前に生活してこれたように、今後も私の後輩とか、下の世代にもこういった当たり前の生活が続いて行けばいいなと思っています。

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被災地でハタチ基金の支援に出会った子どもたちが、これからは自分の故郷の子どもたちのためにできることをしていくーーそんな風に新しい時代の地域のリーダーを生み出していくことが、ハタチ基金のこれから10年の目指すものの一つでもあり、寄付者の皆さんと一緒に見ていきたい社会の姿です。

東日本大震災から10年。ハタチ基金は子どもたちの当たり前の生活をこれから先も守っていきます。これからも、寄付でハタチ基金を応援していただければ幸いです。

2031年、復興のその先を切り開く力を、子どもたちに。

 

ご支援はこちらから
https://www.hatachikikin.com/10th/

南相馬市の子育て環境の現実【NPO法人トイボックス】
2021年2月25日

それぞれのペースで一緒に過ごす子ども達

ハタチ基金の助成団体のひとつ、NPO法人トイボックスは、一人ひとりの多様性を活かせる社会を目指し、自治体と連携しながら「ひとづくり」「まちづくり」「つながりづくり」に取り組んでいます。

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NPO法人トイボックスは、「こどもとちいき」をテーマに自治体や地域の活動団体、市民と連携して、ひとりひとりのニーズを汲み取った活動を行なっています。

南相馬事業部は、2011年に被災地復興支援事業として活動を開始しました。

今年度は、地域の現状とニーズにあった支援活動を行っていくために、地域や行政の方々と定期的な話し合いの場を設けています。
その中で、南相馬市の現状を改めて見つめなそう!ということになり、地域の保護者と支援者を対象に、「子育て環境ニーズ調査」を行いました。

1ヶ月間という短い期間でしたが、アンケート調査(保護者55名、支援者9名)、オンライン調査(保護者14名、支援者10名)、聞き取り調査(保護者8名、支援者5名)の3段構えで一人一人の声を聴き、整理しました。

南相馬市小高区にある公園の風景

南相馬市は高齢化率36.3%と、福島県でも高齢者の多い地域です。子育てしながら介護している方も少なくありません。介護しながら子育てする方の困難は、子育てする同士でも分かち合いにくく孤立しやすい傾向が、今回の調査で浮き彫りになりました。

南相馬市には、病児保育をしている所がまだありません。夜間に子どもの具合が悪くなった時に診てもらえる小児科もありません。子どもの入院できる病院もありません。そうしたハード面での社会資源の不足がまずあります。
そして、今回のアンケート調査にご協力いただいた保護者の16%が、「自分が病気や負傷した際に子供の世話を頼める人はいない」と回答しました。医療体制等の社会資源が整わない地域で核家族化が進み、保護者の負担が大変大きくなっていることが明らかになりました。

そして今回、季節や天候に左右されずに子供を遊ばせることのできる屋内遊び場の充実を求める声も多く寄せられました。
この地域には、学童期が遊べる場所が少ないため、未就学児の遊ぶエリアで遊び、トラブルや怪我が多発しているという指摘もありました。
また、地域に馴染みにくさを感じている保護者が、地域のしがらみを気にせずに参加できる子育て講座や遊び場を求める声もありました。人口の少ない地域だからこそ、ほどよい距離を置ける場づくりが重要になるのだと痛感しました。

思い切り屋内遊びをする子ども達の遊んだ跡

今回の子育て環境ニーズ調査は、市の関係部署にも共有していただきました。子どもとその家族にとってより良い環境を作っていけるよう、今後も取り組んでまいります。

多くの皆様のご支援により、子ども達が安心して過ごせるまちづくりに取り組むことができています。心より御礼申し上げます。今後とも引き続き皆様からのご支援をいただければ幸いです。

 

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【お知らせ】決済システム メンテナンスのお知らせ
2021年1月14日

下記メンテナンス実施時間帯において、クレジットカード決済の一部の取引が 利用できなくなる可能性がございます。あらかじめご了承ください

2021年1月18日(月)AM3:00~AM6:00

より最適な家庭支援を目指して~第四回 仙台保育ソーシャルワーク情報交換会レポート~【おうち保育園仙台】

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フローレンス主催の「仙台保育ソーシャルワーク情報交換会」では、団体や地区の枠組みを越えて、仙台市内の小規模保育園で働く先生方を中心に、他県の先生方ともオンラインで繋がりながら、より良い家庭支援について情報交換を行っています。

先日開催しました第四回仙台保育ソーシャルワーク情報交換会では、「保育ソーシャルワークのしくみを整えることで家庭支援にもたらされた変化」をテーマにお伝えしました。
本日は、その様子をご紹介します!

◎保育園が担う「保育ソーシャルワーク」の目標と課題

「困りごとを抱えている保育園利用家庭が、今よりも過ごしやすくなるよう、支援スタッフが課題について一緒に考え、サポートを行う」保育ソーシャルワーク。保育ソーシャルワークでは、通常 保育園で行う保護者支援に加えて、より相談支援・ソーシャルワークの専門的な視点を持って親子や家庭の課題へアプローチしていきます。

「保育ソーシャルワークとは?」についてより詳しいご紹介はこちら

保育園利用家庭の中には、「課題を抱え、自分たちだけでは解決手段がわからず悩んでいる方」「他人に悩みを相談できず苦しんでいる方」など、様々な困りごとを抱えているケースがあります。

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保育ソーシャルワークが行うのは、これらの課題の早期発見を行い、その課題の深刻化を食い止め、課題の負の連鎖を断ち切ること。最終的には、親子がより健やかに暮らしていける状態を目指しています。

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家庭支援は保育士、栄養士、事務スタッフなど、保育に関わる全ての人がチームとなり、協働し行っていくものですが、医療ソーシャルワークなどの他の分野のソーシャルワークと比べると、保育ソーシャルワークの歴史は比較的浅く、マニュアルの整備が進んでいなかったり、そもそも園への保育ソーシャルワーカーの配置が進まなかったりと、まだまだ体制がしっかり整っている状態とは言えません。

そのため、課題が深刻化する前に困っている家庭のサポートを行いたい、と思う保育スタッフたちも、「ご家庭の様子が気になるけれども、おおごとにするほどではないかもしれない」「保育園だけでは対応できない問題を、どこに相談すればよいのかわからない」「家族が何に対して課題を感じているのかが見えづらい」と、対応に悩んでしまう場合があります。

では、どのようにすればこれら保育園が抱える課題が整理され、家庭が必要としている支援を見出し、より良い支援へと繋げていくことができるのでしょうか?

◎「解」は一つだけではない! より良い家庭支援を目指して

フローレンスの保育園でも保育ソーシャルワークをスタートした当初、「どの程度の課題感で、児童相談所などの関連機関へ連絡してよいのだろうか」という葛藤がありました。
また、実際に保育ソーシャルワークを行っていくにあたり、支援を行う上で様々な課題があるということが浮き彫りになるとともに、ご家庭に対して必要となってくる支援も多岐にわたるのだと明らかになってきました。

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そこで、まずは保育ソーシャルワークのしくみを整えることに注力することにしました。

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例えば、家庭が課題を抱えているかもしれないという懸念がある場合は、行政の資料をもとにフローレンスが作成した独自のシートを用いるようにしました。
シート内の項目をチェックしていくことで、その家庭が抱える課題について客観的な情報の整理を行うことができます。
これにより、親子の課題の見える化に成功しました。
この他にも、支援内容の記録方法を統一し、スタッフ一人ひとりが、誰が見ても必要な情報がきちんとわかる記録を取れるよう研修を実施し、改善していきました。
このように保育ソーシャルワークのしくみを整えていくことにより、各家庭が抱える課題が見えやすくなりました。

課題は家庭の状況によってで変容していくものですが、その様子がよく見えるようになったことで、「今、ご家庭が本当に必要としていること」にも気づくことができ、関係機関とのスムーズな協働など、必要な支援の方向性を導き出しやすくもなったのです。

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親子を取り巻く貧困、虐待、孤育て問題などの課題。2020年には新型コロナウイルスの感染拡大によって、より孤立化が進むなど、これからも社会は激しく変化し続けます。
各ご家庭が抱える課題も多様化し、それに伴い、これからの保育現場ではより多様で柔軟な、子育て問題への対応力が求められてくるはずです。
保育ソーシャルワークは、今まで保育園で行ってきた家庭支援に、ソーシャルワークの視点を加えた新しい支援の形です。そして支援の正解は、一つとは限りません。
家庭支援をしていく上でいちばん大切なことは、常に様々な視点を持ったチームで「より良い家庭支援とは何か?」について追求していく姿勢を忘れないことなのだと、今回の情報交換会を通じて改めて思いました。

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地域・子どもに寄り添い、被災地のこれからを支えたい:ダイドードリンコ代表取締役社長 髙松さまインタビュー
2021年1月8日

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地域社会に根ざし、全国的に飲料品の販売を行っているダイドードリンコ株式会社さん。
2012年より累計8300万円のご寄付をいただいてきました。
今回は震災から10年の節目に、ダイドードリンコ代表取締役社長の髙松さまにハタチ基金理事の白井から、ご寄付への想いを伺いました。

<ダイドードリンコ株式会社について>
「人と、社会と、共に喜び、共に栄える。」を理念とし、全国で地域社会に根ざした自動販売機での販売をメインに行っている清涼飲料メーカーです。
持続的な事業には、地域社会が豊かで元気であること、またその地域社会の次代を担う子どもたちが元気で健やかでいることが不可欠との思いから、独自の『地域コミュニティ貢献積立金』制度によって、日本の祭り等の地域支援や子どもたちへの支援を行っています。

ハタチ基金に支援を始めたきっかけ

白井:毎年お礼に伺わせていただいていて、もう9年めになりますね。本当に長い間ハタチ基金にご寄付をいただきありがとうございます。
最初はどのようなきっかけで、支援を始めたんでしょうか?

高松:震災が起きて、何かお役に立てることはないかという気持ちがありました。ただ、単純に寄付をして、その時だけで終わってしまってはいけないという思いがあり、支援を継続していくためにどうしたらよいか模索し始めました。
そこで、会社の中で、毎年利益の一部を積み立てて、そこから継続して支援しようという『地域コミュニティ貢献積立金』という仕組みが生まれたんです。それが一番最初の発端になりますね。

白井:高松社長は震災前から東北に行かれていますよね?
高松:はい、行っていました。
白井:この10年だけでなくて、その前からご覧になっている中で、東北にはどんな思いがありますか?

高松:そうですね……我々は、全国各地に自動販売機を置かせていただき、ビジネスをしているんですが、特に、東北のエリアって自動販売機の台数が多いんですね。
しかも東北はダイドーの自動販売機の比率が高くて、それですごく愛着があるといいますか、東北の地域の方に支えられて今までこうして成長してこられたっていう思いがあります。

元々、地域に根ざした自動販売機ビジネスをしているので、何か恩返しができないかということで、地域のお祭りを応援する取り組みなどもしていました。
そういった既存の取り組みの延長線上で、東北エリアで大きな災害が起きたとなれば、困っている方たちに何かできることを考えて応援していきたいという思いがありました。

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毎年ご寄付いただいている理由

白井:地域を大事に…本当にその通りです。ダイドードリンコさんからは、継続的にご寄付いただいていることが本当にありがたくて。それこそ10年もあると、他のところでも災害が起こったり、寄付をやめてしまうこともあると思うんですよね。
会社の皆さんの中から東北じゃなくて他のところにって声も上がるかなとは思っていたんですが、10年間ずっと続けてきてくださった。
私も福島におりますので日々感じていることなのですが、東北の方々はずっと「風化するんじゃないか」「もう大丈夫って思われてるんじゃないか」っていうような見えないこの先への恐怖や不安と戦っていると思うんです。
これまでご寄付いただいてきて、これからまた10年一緒に見守っていこうっていうふうに思っていただいている背景や理由をお聞きしたいです。
高松:そうですね、最初から継続して何かお手伝いできることっていうふうに考えていたのと、特にハタチ基金の「震災の時に生まれた子どもが二十歳になるまで」っていう理念にすごく共感しています。

白井:嬉しい、ありがとうございます!
高松:あとは、やはりこれからの世代を担う若い人たちを支援していきたいっていう思いがあります。そこが続けている理由ですね。
また、コンビニエンスストアやスーパーなど、ドリンクの売り場が増えていて、「自動販売販機離れ」が進んでいるのも現状す。
自動販売機ならではの良さや、ダイドードリンコの事業を、これからの将来を担う若い人たちに知ってもらいたいというのもあります。

白井:おっしゃる通りで、被災地支援に関わっていると、特に地方では自動販売機が防災拠点にもなるなと思います。
高松:そうですよね。まさに震災の時にも役立つように、災害対応の自動販売機も展開しています。
電源が落ちても手動で中身を取り出して避難所などで配布していただいただくことができるので、実際にお役に立てたこともあります。
普通の自動販売機でも、電気さえ通ればいち早く商品を提供できるという利点もあるんです。
白井:地方だと重要なインフラだと思います。
高松:そうですね。そういう社会インフラ的な役割を、若い人たちにも知ってもらえたらありがたいなといった思いもありますよね。

白井:ハタチ基金の支援先の団体に対して、自動販売機のペーパークラフトキットのご提供も毎年いただいていますよね。
私どもの拠点でも子どもたちがそれを作って家に持って帰って、自動販売機で買う練習をする活動をやらせていただいています。
高松:そうですね、ペーパークラフト自動販売機の取り組みもけっこう長くなりますね。東北に限らず全国でいろんな自治体さんや学校とか、そういったところに配布をさせてもらって、できる限りのことをやらせてもらってます。

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ハタチ基金や、支援先団体へ期待していること

白井:ありがとうございます。毎年とても楽しみに子どもたちと作らせていただいてます。
最後になってしまうのですが、ハタチ基金や支援先の団体に対して期待なさってることや、こういうことを一緒にしていければいいなとお考えになってることがあればぜひ伺いたいと思うんですが。

高松:これから10年でですね、まさに将来を担うリーダーのような人が育っていってもらえるように我々も応援ができればとても嬉しいなと思いますね。

白井:あと10年ぜひ一緒に見届けていただけたら嬉しいです。暖かいご支援、本当にありがとうございます。
高松:そうですね、ぜひご一緒したいです。ありがとうございます。
立ち上げ当初から継続的にご寄付いただき、ハタチ基金のパートナーとして被災地への支援に伴走してくださっているダイドードリンコさんに心より感謝申し上げます。
震災から10年目を迎える今、ハタチ基金はこれからも支援してくださるみなさんとともに被災地での活動を続けていきます。

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文化活動やスポーツを通じて成長する子どもたち
2020年12月23日

ハタチ基金の助成団体のひとつ、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン。塾・予備校・習い事などの教育サービスに利用できる”スタディクーポン”を被災した子どもたちに無償で提供し、学習の機会を増やしています。
今回は、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの仙台事務局スタッフ、近藤有希さんのメッセージをお伝えします。

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こんにちは、CFC仙台事務局の近藤です。
今回は「スタディクーポンの利用先」をテーマに書かせていただきます。

スタディクーポンは学習塾など学校教科の学習だけではなく、ピアノ教室や英会話などの文化活動、水泳やサッカーなどのスポーツでも利用することが可能です。

なぜ学習だけでなく、文化活動やスポーツでもクーポンが利用できるのか、疑問に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、その理由をお伝えします。

経済学の分野では、学歴や収入などの成果に影響する資質として、偏差値やIQなどで測れる「認知能力」が重要とされてきましたが、近年、「非認知能力」と将来の所得との相関関係も明らかになってきています。
( 参考 :『非認知能力と子どもの貧困-幼児期の環境で子どもの将来は決まってしまうのか?』https://cfc.or.jp/archives/column/2016/07/11/10863/

「非認知能力」とは、やる気や忍耐力、自制心や勤勉性など学力以外の力を指していますが、非認知能力の向上は認知能力の発達を促すことも言われています。

この非認知能力は、幼少期の家庭環境や課外活動(特に運動系・学術系クラブ)が発達に大きく寄与することも研究で明らかになっています。

スタディクーポンが文化活動やスポーツ教室等でも利用できることで、子どもの非認知能力に良い影響を与え、私たちが取り組んでいる貧困の世代間連鎖を断ち切ることにも繋がると考えています。

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昨年度のスタディクーポンの利用先実績を見ると、クーポンを提供した438名の子どもたちの中でも、28%は学習以外の分野でクーポンを利用していました。

実際に文化・スポーツの分野でクーポンを利用しているご家庭から寄せられた声をいくつかご紹介します。

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『英会話と音楽をならっていて、英検にチャレンジしたり、音楽のレッスンもとてもやりがいを感じているようです。
学校の部活動でも吹奏楽部を選び意欲的に頑張っています。音楽を通して先生や友人と出会い、大会や発表の場を経験して成長している思うことが多いです。』

『サッカーとそろばんに通っていて、サッカーの試合、練習の合間にそろばんに通い、体力的にもしんどいはずなのに自らそろばんをはじく練習をしてみたり
「僕は学年の中でもトップになるんだ!」といい、実現させ、検定でも1級を受けたばかりです。』

『学習障害があり、勉強は苦手ですが、サッカーを始めて自分に自信の持てるものができたようです。
これからもサッカーを続けていきたいと話しています。』

『クーポンを利用して参加したサマーキャンプで本人は自分のやりたいことに出会えたようで、
将来の具体的なビジョンを持って、進学先を決め、それに向かって勉強をしているようです。』
このように、子どもたちが自分の関心のある文化活動やスポーツなどに打ち込む中で、様々な大人や仲間と出会ったり、自分の得意なことを見つけています。

子どもたちの「できた!」「もっと上手にできるようになりたい!」といった感情が、子どもたちの生活の中での意欲や自信につながっていると、日々の活動の中でも感じています。

これらが、子どもたちが社会を生き抜いていく土台となると考えています。

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クーポンを利用している子どもたちは様々な背景があり、特性も一人ひとり異なります。だからこそ、子どもたち一人ひとりの興味や関心に合わせた多様な学びの環境を用意していくことが大切なのではないかと思っています。

クーポンの利用先を学習塾に限定するのではなく、文化活動やスポーツを含め、幅広い選択肢を用意しているのはこのためです。

今後も子どもたちがやりたい!と思ったことにチャレンジできるよう、活動を続け、応援してきたいと思います。

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地域のみなさんとともに、企業だからできる支援を被災地に:ネッツトヨタ多摩インタビュー
2020年12月2日

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ネッツトヨタ多摩㈱ 田村勝彦社長(写真左)

ハタチ基金にこれまで12,785,000円のご寄付をくださっている「ネッツトヨタ多摩」さん。
「きずな洗車」という寄付つきの洗車と、賛同してくださった方へ抽選で東北旅行をプレゼントするという取り組みを通じ、ハタチ基金を支援してくださっています。

このたび、ご支援のお礼と活動報告をさせていただきました。
また、ネッツトヨタ多摩の社員の方々に、ご寄付の経緯を伺うことができました。

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左が佐藤取締役、右がご担当の福島さま

 

ー現在はどのような活動をされているんでしょうか?

「きずな洗車」による寄付金活動を行っています。お客様からいただいた洗車代金の一部を寄付しています。「きずな洗車」に賛同いただいた方を3か月に一度抽選し、「東北に行ってね」という想いをこめて東北への旅行券をプレゼントしています。実際に足を運んでいただき、お客様が東北に関わることを後押ししたいんです。

 

ー社会貢献活動のきっかけは?

2011年の秋に、たくさんの社員とともに東北のボランティアに行きました。南三陸で瓦礫の撤去、炊き出しなどを行ったことがきっかけとなって、社員が個人の意志でボランティアに行くこともあり、会社全体に被災地のために何かできることをしたいという気持ちがありました。
また、私の息子の友達に、被災して福島から東京へ避難されてきたご家族がいるんです。そのご家族の子どもたちは、母親が津波に流されたのを見ていました。そんな経験の後で父親と一緒に東京に移住してきたんです。
そんな子どもたちが身近にいて、何とかしなくちゃという思いが常にありました。震災のことを語り継いでいくことで、風化しないようにしたいと思っています。
ー「きずな洗車」を始めた当時のことを教えて下さい

震災がおきて、被災地だけでなく東京にも影響がありました。車業界でも、部品を作っている工場が被災して部品が供給されなかったりと、このままでは世の中が停滞するといった危機感の中で、自分たちができることを考えました。
とはいえ、経済を動かさないことには自分たちも行き詰ってしまう。そこでお客様に参加していただいて一緒に何かできないかとの思いから、寄付つきの「きずな洗車」をはじめました。
今は「きずな洗車」以外にも、コロナで影響を受けている方々を支援するために、ご成約いただいた車両代金の一部を東京都福祉保健局に寄付する活動もしています。

きずな洗車ポスター

ー「きずな洗車」はお客さまとともにある寄付の形なんですね。

初期の東北支援では物品寄付もしていたのですが、社員だけでなく、お客様からも物品を寄せていただくことができました。
トヨタの販売店の特徴でもあり魅力は「地域密着」です。ここで事業ができるのは、この地域のおかげ。このエリア、この日本のおかげと思っています。自分たちだけではなく、みんなでやりましょう!という想いがいつもあります。
被災地支援は、ひいていえば日本全体でがんばろうというメッセージだと思っているんです。
できることしかできないけど、企業だからこそ事業を通して被災地や子どもたちのためにできることがあると考えています。

(インタビューここまで)

地域に根ざしたネッツトヨタ多摩さんならではのご支援に心より御礼申し上げます。
震災から10年目を迎える今、ハタチ基金はこれからも支援してくださるみなさんとともに被災地での活動を続けていきます。

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伝えなきゃ変わらない!「行動」で成長できた高校生のマイプロジェクト
2020年11月30日

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今回は、ハタチ基金の助成対象団体である「認定NPO法人カタリバ」の取り組みをご紹介します。

カタリバは、震災や貧困などの困難さを抱える子どもたちをはじめ、あらゆる環境にある10代に教育支援を届ける活動を行っていますが、東日本大震災をきっかけにスタートした事業がいくつかあります。その1つが「マイプロジェクト」です。

東北・被災地の高校生から「支援されるだけじゃなくて、自分たちも地域のために何かしたい」という声があがりました。そこで、彼らが身の回りの課題に取り組むプロジェクトを「マイプロジェクト」と名付け、サポートを始めました。現在では東北に限らず、全国の高校生たちがそれぞれの地域で課題を発見し、様々な取り組みを展開しています。

毎年3月には、「マイプロジェクト」に取り組む高校生が全国から集まる「マイプロジェクトアワード」が開かれます。ファイナリストに選ばれた高校生は発表を行い、その中から各賞が選出されます。今回は、2019年の「ベストオーナーシップ賞」に選ばれた、としきさん(当時高校3年生)の取り組みをご紹介します。

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(マイプロジェクトアワード2018での発表会の様子)

としきさんが取り組んだ「マイプロジェクト」は、「全国に防災意識を広める」こと。彼は東日本大震災前、福島県双葉郡の大熊町に住んでいました。こちらは福島第一原子力発電所事故の影響を受け、避難区域に指定された町です。

「東日本大震災前には、学校で避難訓練などがあると面倒くさかった。ところが実際に震災を体験して、避難訓練の大切さを実感しました。震災直後、避難を促す放送が流れ外に出たものの、どこにどうやって避難したらよいかわからなかった。近所の住民と共に右往左往し、不安が募りました。普段は10分程度で着く避難所にたどり着くのに30分以上かかり、とても怖い思いをしました」

そんな経験からとしきさんは、「避難経路」は平常時から把握しておく必要があるのではないかという問題意識を持ちました。このまま何もしなければ、また災害が起こった時に同じように犠牲者が出てしまうのではないか。しかし、ただ避難訓練を促しても人々の心に響かない、多くの人の防災意識を高めるためには、まったく別のものと組み合わせてはどうかと考えました。

としきさんの高校は福島県立ふたば未来学園高校。こちらにカタリバは2017年6月より、高校生たちが放課後、様々な学びにチャレンジできる「双葉みらいラボ」を開設しています。双葉みらいラボの活動は、放課後の居場所作りだけではありません。学校の授業の中に入り、先生たちと共に「未来創造探究」というプロジェクト型授業の実施を行っています。

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(ふたば未来学園高校での「未来創造探究」授業の様子)

この授業では、高校1年生でフィールドワークを行って地域の課題探しなどを行い、高校2・3年生時にプロジェクトを立ち上げ、設定したテーマの課題解決に取り組んでいきます。としきさんは、先輩たちが取り組んでいた「震災で中止されていた地域のお祭りの復活」と、自身のプロジェクトを組み合わせることを思いつきました。

「祭りで歩くルートを避難経路に変えてみたらどうかと思ったんです。祭りを復活させるため、地域の団体である『広野わいわいプロジェクト』『マツリズム』とも初めて関わりました。紹介いただいた『あすびと福島』さんにはとても感謝しています。2018年4月に復活した祭りには運営側として参加しました」

けれども、復活した祭りの神輿ルートでは、当初予定していた「避難経路」の半分しか歩くことができませんでした。何が足りなかったのかを振り返った時に、「いくら自分が良いと思ったことでも、一方的に伝えるだけでは多くの人々を動かしていくことはできない」ことを実感したとしきさん。高校3年生の夏、「未来創造探究」の総括的な発表会でも、「このプロジェクトはこのまま終わらせていいのか」と悔いが残りました。

受験や部活の野球もある中、さらにプロジェクトを進めていくことに迷いもありました。そんな時思い出したのが、8年前に経験した避難途中の恐怖。経験した自分だから実感している防災の大切さを全国に伝えたいという、最初の思いでした。

「大変かもしれないけれど、見守ってくれる先生やスタッフもいる。授業でもここまで探究を深めてこれた。全国に『伝える』ということを、最後まで諦めちゃいけない!」

そんな中、双葉みらいラボのスタッフから、よりアクションを深めてマイプロジェクトアワードに参加してみたら?と声をかけられました。そこで、2019年2月のマイプロジェクトアワードの地方大会への参加を目標に、プロジェクトを進めてみることにしました。

祭りの復活プロジェクトの時には、自分よりひと回り以上年上の大人との慣れないコミュニケーションで、躊躇してしまうこともあったとしきさん。双葉みらいラボのスタッフは、少しだけ年上の大学生や20代が中心。話しやすい彼らに、悩んでいることをすべて打ち明けることができました。今までのアクションで良かったことやできなかったことをスタッフと整理し、次の一歩に踏み出す準備をしていきました。

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(地域の幼稚園生と避難経路を歩く)

まずは地域で、「小学校の遠足経路」「幼稚園のお散歩ルート」に避難経路を組み合わせる提案をしていきました。マイプロジェクトアワード全国大会出場が決まってからは更に範囲を広げて高齢者施設で、「避難バスまでの経路の動画紹介」も行いました。こうして、「防災意識」の向上のために、各種イベントとのコラボレーションや、各世代に合せた施策を考えて、次々に実行していきました。自身のプロジェクトを振り返ったとしきさんはこう語ります。

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(老人ホームでの避難経路動画上映)

「今思えば、『あの時、ああ言っていれば伝わったのに』と思うことはたくさんあります。それらも、探究の授業で取り組み、マイプロジェクトアワードにまで挑戦しなければわかりませんでした。自分が伝えたいことがあったらまず人の要望や思いを聞くという、コミュニケーションが何よりも大事だと学びました」

先生やスタッフ、地域の大人たちがみんな助けてくれた。壁にぶつかった時のアドバイスがなければ途中であきらめていた、「ひとりじゃできなかった」ととしきさん。今春から大学生になった彼は、今後自分のいた町だけでなく全国規模で「防災意識を伝える」アクションをするにはどうしたらいいか、じっくり考えていくそう。これからも「探究」に取り組む彼の挑戦は、まだ始まったばかりです。

コラボ・スクールwebページより転載) 

 

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“復興フェーズ”から変わる被災地支援とは【東日本大震災から10年 ハタチ基金のこれから】
2020年11月25日

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代表理事 左から今村久美(認定NPO法人カタリバ)、能島裕介(公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン)、白井智子(NPO法人トイボックス共同創業者)、駒崎弘樹(認定NPO法人フローレンス)

東日本大震災発生時に0歳だった赤ちゃんが、無事にハタチを迎えるその日まで。

そんなコンセプトで、私たちは震災直後にハタチ基金を立ち上げ活動を続けてきました。

あれから10年、被災地支援のフェーズは年々変わってきています。“悲しみ”や“復興”の後は、どのような被災地支援を行っていけばいいのか。ハタチ基金の残りの活動期間10年では、どんな形で東北の子どもたちを支えていくのか。

ハタチ基金を立ち上げ、今も変わらず東北の人たちと密接に繋がりながら活動を続ける4人の理事に伺いました。


災害の規模と無力感 カオスの中で手を取り合ったハタチ基金
ーー皆さんは、10年前、震災直後に被災地に入り、その後すぐにハタチ基金を立ち上げました。被災地に初めて行ったときはどんな気持ちでしたか?

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岩手県大槌町の震災直後の様子

今村:震災が起きたときに、何かしなければと被災地に向かったのですが、実際に被災地の様子を見て、見たことのない災害規模で…。自分の無力さを感じ、何にもできないというのが最初に起きた感情でした。

能島:私も現地の被災規模を見たときに、1団体で何かをやるのは無理だと感じました。

今村:そうそう。現地で子どもたちのヒアリングをしてると、明らかに長期的な視点での支援が必要だと思ったし、1団体だけじゃ何もできないし、課題も多岐に及んでると思ったので、長期的なビジョンを共有しながら一緒にやっていくっていうチームを作らないと、自分には何もできないなって思ったので、皆さんに声をかけたんです。

駒崎:被災状況を見たとき、「とりあえず動かなきゃ」みたいな使命感がすごく強くありました。当時NPOが共同で事業を行うみたいなことは、前例がなかったというか聞いたことがなかった中、今村さんが「みんなでやろうよ」と声を上げてくれたことが新鮮に響いたことを覚えています。

白井:本当にそう。何をやっていいかわからず、でもとにかく何かやろうと、カオスの中で『ハタチ基金』を立ち上げて、カオスの中で馬鹿力が出たっていう感じでしたね。それぞれが、やったことない場所で新しいことを始めた。手探りでもとにかくできることをやってきて、お互い支え合いがあったからできたっていうのはすごくあると思います。

 

ーー一人ひとりそれぞれが無力感を感じて、その後皆さんが結集して「馬鹿力」を出して始めた。それが今のハタチ基金に繋がったんですね。

みなみそうまラーニングセンター開所式
みなみそうまラーニングセンター開所式

10年を経て ハタチ基金だからこそできた支援のカタチ
ーー10年の間、それぞれの団体がアイデアを持ち寄り東北の子どもたちにできることを行ってきました。ハタチ基金だからこそできたことってありますか?

白井:行政の方々も頑張っていましたが、行政の支援の壁は、公平性を求められるところだとこの震災支援を通して改めて感じました。例えば、たくさん支援の申し出が来ているのに、「これは全員に平等にできないから止めます」みたいなことを目の当たりにして。本当は届けられるものがいっぱいあるのに……という歯痒さを感じました。そんなとき、私たちのようなNPOを始めとする民間だったら、その子に合わせた支援ができる。きめ細かな、ニーズに合わせた支援ができるっていうのが、民間だから、ハタチ基金だからこそできたんじゃないかなと思っています。

駒崎:トイボックスが支援した南相馬は、当時、陸の孤島的な状況になっていって、かなり支援も逼迫していて、行政の支援も追いついていない状況が顕著でしたよね。

 

ーーなるほど。行政ができないことを行えるという柔軟さが災害時は特に必要だったということですね。20年間継続的に行うという点も、ハタチ基金の特徴ですね。

能島:そうなんです。いつかは地域の方々が主体的に活動を継続できる状態にしないと本当の支援とは言えないので、私たちもそういう意味で20年間と決めて支援を始めました。

チャンス・フォー・チルドレンでは、被災によって家庭環境が厳しくなった子どもたちが塾などに通えるようにスタディークーポンを提供したのですが、それが今は全国の行政機関で導入されています。いわば、東北発の新しいイノベーションを生み出したと言ってもよいでしょう。災害支援の場も含めて、その有効性が認められていっているというのは、継続して支援を続けている『ハタチ基金』の成果なのかなと思っています。

駒崎:フローレンスは、「ふくしまインドアパーク」という屋内の遊び場を震災が起きた年に作りました。当時は福島の子どもたちは放射能への不安もあって、外で遊ぶことができませんでした。インドアパークが、子どもたちにとってそういう場が必要だとわかってもらうきっかけになって、行政がもっと大規模な遊び場を税金を使って作るようになりました。継続して支援することによって、そのときの復興フェーズに合わせて支援の内容を考える。そんなこともハタチ基金の良さだと感じています。

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コラボ・スクールで勉強を教える今村

 

ハタチ基金が目指すこれからの10年
ーー復興のフェーズに合わせるというお話が出ましたが、これからの10年はどんな形で支援を行いたいと考えていますか?

今村:私は「震災の悲しみを強さに変える」こんな言葉を掲げて活動を続けてきました。カタリバは、子どもたちが成長してまた地域に戻ってくるだろうと考えながら、教育分野のアプローチを行ってきました。震災の悲しみが、その地域を新しくすることに繋がるような支援でありたいとずっと願っていました。
アプローチの一つ、「マイプロジェクト」の取り組みでは、高校生たちが自分たちで課題を見つけ、自分たちが考えたプロジェクトを通して学び、地域へ働きかけを行っていくということをします。今では東北だけでなく、全国各地の高校が学習プログラムとして取り入れることが増え、「全国高校生マイプロジェクトアワード」という発表の場には、今年は約1万人の高校生たちがエントリーしてくれました。

駒崎:みんなが価値を感じて、全国に広がったというのは、本当にすごいことですね!

今村:はい、今後、東北を支えるリーダーを育成したいという思いで今もやっています。
ただ、ひとつ無力感を感じるのが、東北の人口減少が異常なぐらいのスピードで進んでいることなんです。その中で、やっぱり地域の底力をどう上げていくのかっていうところが本当に大切な観点だと思っています。

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コロナ禍の中行われたオンライン対談

 

ーー国も、東北の地域に投じる復興財源をこれから減らしていくと聞いています。自力でやっていかなくてはならないことになりますね。

今村:そうなんです。高校生の世代がちゃんとその地域の中で、「地域にある資源を使いながら学ぶ」ということがし続けられるような形を、どう作っていくのかということに注力していこうと考えています。それが、東北を支えるリーダーを育てることに繋がっていくのです。

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コラボ・スクールで実施された、主体的な学びを追求するマイプロジェクトに参加した高校生たち

駒崎:地域の方々が自ら変革を担っていって、自分たちの地域を良くしていくという当事者になる。言い換えれば、支援の客体から主体に変化していかなければいけない。それを今後10年の間で伴走していくのが我々ハタチ基金の役割ということですね。

今村:その通りだと思います。価値が続いていくということにコミットするというのが、私たち外から来た団体に今求められてるスタンスで、しかも、そこが自己組織化し続ける。この水準でいい地域を作り続けようと思うモチベーションがある人たちが循環し続ける。「外の人が来たから一発花火を上げて帰っていく」ではない形で地域にモチベーションをどう残せるのか、支援のスタンスが問われてるなと感じています。

駒崎:もうひとつ大切なものは、ハタチ基金をきっかけに成功したイノーベーションを、東北だけにとどまらず全国に広げていくことだと思っています。震災がきっかけで見えてきた課題は、被災地だけの問題ではないように感じたからです。例えば、おうち保育園で始めた「保育ソーシャルワーク」という取り組み。保育園がセーフティーネットとなり、保育園にソーシャルワーカーを置いて、課題を抱える親子にアプローチをしています。この10年で、仙台市で実践し、東京でも行われ、それが国の政策に反映されて、今「地域支援相談員」という形で国策化され予算も付きました。

能島:おっしゃるとおり、東北発で全国に広がったイノベーションはたくさんありますし、今後も増やしていきたいですね。これからの被災地支援は違うステージに入っていかないといけない。この10年支援をしてきた子どもたちが、もう大人になってきている。そういった若者たちが、地域のために何かしようというときに、それをあと押しするような取り組みのようなこともやっていきたいと思っています。

白井:ここでしかできないこと、ここだからこそできることという観点で、チャレンジをしようとする若者たちに対して、私たちも関わり続けていきたい。双方の知恵を出し合い地域の人たちとハタチ基金が一緒に支え合っていくことが、これから力を入れていきたいことです。

駒崎:今後の10年で、我々外部の支援団体がいなくなったとしても、東北の人たちが自走して地域をよりよくさせていくことができるということを目指したいですね。少しおこがましい言い方になるかもしれませんが、地域のリーダーを育成していく。それは子どもたち自身がリーダーシップを取っていくという形もあるでしょうし、支援団体の中で初めは小規模でやっていた支援が、地域を支えるような団体となって支えていくのかもしれない。そういった人材育成に、我々がきちんとコミットしていくべきですね。

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コラボ・スクールに通う岩手県の高校生たち

全員:2031年に我々ハタチ基金がいなくなって、かつての子どもたちだった子たちがリーダーとなって新しい未来をこの地域に作っていく。そんな形を目指して、今後10年の活動に邁進していきたいと思います。

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