
宮城県気仙沼市を拠点に、2015年より活動を続ける「一般社団法人 まるオフィス」
「地元の課題を学びに変える」をミッションとして、中高生を対象とした教育事業を行ってきました。近年では、小学校時代にこそ多様な体験や地域の人たちと関わる機会を増やすことが、その後の学びにも活かされると考え、小学生向けのプログラムも新たに創り展開しています。
小学生向け放課後プログラムを企画運営する、まるオフィスの渡邊国権さんに、気仙沼の子どもたちの“ある変化”について伺いました。

一般社団法人まるオフィス 渡邊 国権(わたなべ くによし)さん
1991年生まれ、神奈川県川崎市出身。2012年、大学を休学して東日本大震災の学生ボランティアとして宮城県気仙沼市で復興活動に従事。その後は国際協力の分野に進み、南太平洋の島国サモアでのJICA海外協力隊での活動を含め、約8年間にわたり途上国の地域づくりや教育支援に携わる。2022年、気仙沼市へ再び戻り、一般社団法人まるオフィスに入職。中高生の探究学習支援や、小学生向け放課後プログラムの立ち上げ・企画運営を担っている。
震災後に加速する少子化 変わる“放課後の過ごし方”
宮城県気仙沼市では、出生数が2010年度の434人から、2023年度は190人(前年度比7.3%減) と、震災前と比べて6割近くまで減少しています。
急速に進む少子化は、子どもたちの放課後の過ごし方にも大きな影響を与えています。
かつては、放課後になると自然と子ども同士が集まり、空き地や野山で遊びながら地域の中で多様な経験をしていました。しかし現在は、様々な要因で、放課後の多くを“ひとりで家の中で過ごす”小学生が増えています。
一つ目の要因は、家庭環境の変化です。共働きに加えて、祖父母も仕事をしている家庭が多く、ひとり親家庭も少なくありません。そのため、家庭の中で子どもが自由に遊んだり、多様な経験を得たりする機会が減ってきています。
二つ目は、 屋外で自由に遊べなくなる外的要因の増加です。震災直後は復興関係の大型車両が行き来するようになり、子どもだけで外で遊ぶことが難しくなりました。また、少子化にともない、近所に同年代の子が少ないこともあげられます。近年では、猛暑が続き熱中症の心配が増えたことや、今年は熊の出没情報のためプログラムを中止せざるを得ない日も出てきました。
三つ目は、地域内の“こどもの居場所”そのものの減少です。過疎化により自治会主催の子ども会やキッズクラブなどが縮小または消滅し、地域が子どもに関わる機会そのものが減少。“地域で育つ”という構造が揺らいでいる現状があります。
こうした要因で、放課後はスマホやタブレットが主な遊び道具となり、地域の中で自由に遊ぶ機会が失われつつあります。
好奇心の“種”を育てる「放課後たんけん」
ハタチ基金からの支援を受けることで、小学生を対象とした放課後プログラム 「放課後たんけん」を開催することができています。
「放課後たんけん」は、子どもたちが平日の放課後に、思いきり体を動かしたり、地域を探検したりできる体験型のプログラムです。中学高校進学後に学校で行う「探究的な学び」や将来自分で進むべき道を選択する上で欠かせない、好奇心の“種”を育てていきます。
放課後たんけんでは、「運動あそび」と「地域たんけん」という2つのプログラムを柱に活動しています。

運動あそびは、「跳ぶ・走る・投げる」といった基礎的な動作を、遊びのなかで楽しみながら繰り返すことで、身体を動かす楽しさを体験してもらっています。
運動あそびを通して子どもの自己肯定感を育む取り組みを行っている、株式会社つなぐ(宮城県女川町)の皆さんや、気仙沼市内のコーチと連携し、ドッヂビーやリレーなど馴染みのある遊びから、カバディ、フレスコボールといった珍しい種目まで、幅広い運動にチャレンジしています。
子どもたちは初めてチャレンジするスポーツに目を輝かせながら取り組んでいます。

地域たんけんは、唐桑地域の豊かな「食」をテーマに、“歩いて探す” “プロセスを体感する” “味わう” “表現する”ことを大切にしています。
例えば、湧き水を探して飲んでみる経験や、椿の種を拾い搾って椿油を作る体験をすることも。その日体験したことを「放課後カレンダー」に絵や言葉で表現するなど、子どもたちが地域の営みを五感で学べる機会をつくっています。

放課後に友だちと一緒に遊べる時間が生まれたことで、学校ではできない遊びや挑戦を通して、子ども同士の関係が着実に深まっているように見受けられます。「こんなにたくさん友だちと遊んだのは初めて!」と嬉しそうに話す子や、「今日は放課後たんけんがあるから学校に行くのが楽しみなんだ」と保護者に話していたという声も届いています。
運営には、地域のお母さん方や中高生、大学生も関わっており、子どもたちが“多様な大人と出会い関わる体験”にもつながっています。
「今日はコーチに会えるかな?」と、地域の大人に会えることを楽しみにしている子も多く、子どもにとって“会いたい大人”が地域のなかに増えていることも大きな変化だと感じています。
学年を超えて遊び、はしゃぎ、時にはケンカをしながらも、それぞれが自分らしく過ごせる“放課後のもうひとつの居場所”として育ってきました。
地域の課題に 地域の人が向き合い支えあうことで生まれた変化
活動を始めて2年が経ちますが、小さな変化が積み重なり、大きな成果につながりつつあります。
最初は、「放課後は家でYouTubeを見るのが当たり前」と話していた子が、友だちと地域たんけんに参加するうちに、自分から「次いつあるの?」と聞いてくるようになりました。
学校以外にも“行きたい場所”ができたことが、その子にとって大きな変化でした。
また、地域の大人との関わりが“日常”になってきた子どももいます。ボランティアやスタッフをしている地域の大人が顔と名前を覚え、子どもたちも自然と挨拶するようになるなど、関係性の芽が育っています。「放課後たんけんに行けば、一緒に遊んでくれる大人がいる」という安心感につながっています。
保護者からも「仕事で帰りが遅くなる日も、放課後たんけんがあると安心して働ける」という声をいただくことが増えました。気仙沼市の学童保育は一定の役割を果たしているものの、利用対象や活動内容に制限があり、すべての子どもがのびのびと選択できる環境にはなっていません。だからこそ、放課後の選択肢を広げ、希望する子どもが誰でも参加できる”体験の場”を地域に用意することが求められています。
家庭の負担が軽減され、子どもが地域で見守られる体制が少しずつ形になっています。
こうした変化は、急速に進む少子化や遊び場の減少といった課題に対して、地域が力を寄せ合いながら向き合い、支え合おうとする“兆し”だと感じています。
長期支援で見えてくる 子どもたちにとって本当に必要なこと
放課後たんけんの開始当初は、気仙沼市唐桑小学校区のみでの実施でしたが、2024年度から、隣接する鹿折小学校区でも新たに放課後プログラムが立ち上がりました。2025年11月末に、参加している小学生が自ら考案した学区内の商店を巡るオリエンテーリングを実施しました。地域の商店15店舗を事前に回り主旨を説明して協力を仰ぎ、店舗を訪れる際に使用するヒアリングシートや地図を作るなど、子どもたち主導で企画・実施しました。地域の方からの応援の声も多く、子どもたちと地域のつながりが新しい形で育まれています。まちづくり協議会や公民館とも連携しながら、地域全体で放課後の子どもたちを支える取り組みが少しずつ広がっています。
2026年1月からは津谷小学校区でも展開していく予定です。
私たちまるオフィスは、中高生の探究学習の支援も行っていますが、小学生の時期に「地域での多様な体験」や「多様な大人との関わり」がしっかり積み重なっていると、その後の主体性や協働性がより育まれやすいことが見えてきています。だからこそ、小学生時代に地域へ根ざした学びや体験の機会をどのように確保し、広げていくかが、先行きが不透明で将来の予測が難しい(VUCA)時代を生き抜くため、今まさに必要なことだと考えています。
地域全体で放課後の子どもを支える仕組みづくりを進めていくことで、いずれ気仙沼と似た課題を持つ自治体にとってもモデルとなれるよう、取り組みを育てていきたいと考えています。今後ともご支援のほどよろしくお願いいたします。





