
2019.07.19

2011年、東日本大震災の発生直後に活動を開始した、ハタチ基金。東北被災地の子どもたちの自立や挑戦を後押しし、温かい大人たちのまなざしの下で成長していけるように。15年間、私たちは皆さまからのご寄付を、東北の子ども支援団体に届けてきました。
活動期間を20年と決めて走り出したハタチ基金ですが、残りの活動期間は早くも5年となりました。ハタチ基金の活動終了と同時に、地域に根差して培ってきた子ども支援が突然継続できなくなってしまったら…。子どもたちは心を許せる大人や居場所を失ってしまいます。ハタチ基金では、子ども支援団体が継続して活動をするためには、助成金だけではない支援も必要と考え、2025年度から「持続可能な組織基盤をつくるための伴走支援」について議論してきました。
その第一弾として、2026年2月、助成先団体14団体が福島県双葉郡に集まり、初めて合宿形式の勉強会を開催しました。参加者たちが何を感じ、次への一歩へつなげようとしたのか。
その思いをご紹介します。
※内容は、2026年2月取材時のものになります。
「大熊町立学び舎ゆめの森」から学ぶ 先進的な教育
初日集合したのは、福島県双葉郡大熊町にある「大熊町立学び舎ゆめの森」。認定こども園と小中の義務教育学校の子どもたちがひとつの学び舎で過ごすことができる、2023年に新設された教育施設です。学年や障害の有無で区切らず、個々の成長に合わせてシームレスな学びを展開していることで全国から注目されています。

原発事故の影響で、今も帰還困難区域がある大熊町。ゆめの森が建てられた地域もかつては人が住むことができなかった場所です。地域から人が消え、ゼロからのスタートとなったこの場所で、どのような教育が進められているのか。全国で誰もやったことがないことに挑戦している、ゆめの森の南郷市兵 校長(2026年2月当時)の思いに触れる機会となりました。


南郷校長「この町には、約300人の帰還者と約700人の全国からの移住者が暮らしています。避難先で学校と園を経営していた3年前は、この学校には全学年あわせて9名ほどしかいませんでした。一人一人が自分の理想をみつけ、叶える力を育める教育を目指しています。」
帰還してきた人たちの多くは高齢者。現在は、自治会も回覧板もない地域で、町を歩く人たちは少なく、帰還した高齢者の方は自宅の中で過ごすことも多いといいます。一方、ゆめの森に通う子どもたちとその家族の多くは、教育移住で引っ越して来た人です。失ったコミュニティーをいちから作っていくには、知恵やアイディア、時間や努力が必要です。ゆめの森では、地域の人たちと子どもたちが交流できるイベントを定期的に開催して、まずは子どもも大人も外に出て、町民同士が触れ合う一歩から始めています。

この学校の原点は2011年。避難先の会津若松市で行った教育活動が始まりでした。当時、文科省の一人として被災地に入り、この地の教育に奔走した南郷校長はつらいことも多かったと話しました。形は違えど、同じ東北の被災地でゼロから教育活動を始めた子ども支援団体にとって、今後の活動への励みとなったのではないでしょうか。南郷校長の強い決意が心に残ったと話す参加者もいました。
南郷校長「原発事故を子どもたちに背負わせたくない。子どもたちには、災害を繰り返さないように考えてもらう授業を行っています。一人ひとりが尊い存在。どういう人生にしていきたいか、どういう社会にしていきたいか、子どもたちが決めていいと思っています。」




ハタチ基金の活動が終わる5年後までに実現したい 理想の団体のあり方とは
南郷校長のお話とゆめの森の見学が終わった後、チームに分かれてグループワークを行いました。ゆめの森を見て感じたことや得たヒントから、自分たちの活動にもつなげられることを話し合いました。


テーマは、「ハタチ基金の活動が終わる2030年までに実現したい 理想の団体・地域の姿とは」
チームごとに今の課題や想いを言葉にして伝え、自団体以外の考えも取り入れながら、この先を現実的に描いていく時間です。いくつかのチームで出ていた意見の一部をご紹介します。
〇石巻に住む人全員が子ども・若者の困りごとを無視しない地域にしていきたい。
そのためには、大人たちは子どもたちのことをもっと知るところから。
〇地域の大人たちを巻き込みながら、自分たちだけで頑張らなくても良い状態をつくっていく。
〇予算を獲得しながら、他の団体がまだやっていないことを続けていく。
〇自地域で行われる催しでは、「子どもが参加する」ことへの意識が低い。子どもありきで考える意識を広げていきたい。
〇IT教育が珍しくない状態にしたい。
〇5年後・50年後の女川の教育がどうなっていくのか。それを町のみんなで決めていきたい。戻ったら早速取り掛かりたい。
〇小学生の放課後に選択肢を広げたい。
〇学校だから、NPOだから、行政だからといった枠にとらわれず、みんなで「あたりまえ」を変える地域になっていきたい。
〇事業も大切だが、一緒に世の中を良い方向にしていくスタッフのことも大切にしていきたい。
〇子ども・若者が困りごとややりたいことを発信できて、大人がキャッチして実現できる状態にしたい。
〇毎日楽しいと子どもが言ってくれるような活動を続ける。
〇自分はそのままでいていいと子どもが思える状態にしていきたい。
助成先団体のほとんどは、経営面や広報、バックオフィスの仕事は、現場スタッフが兼務して行っている状況にあります。子どもと向き合う時間を優先し、日々のことに追われる中で、自分たちのことを振り返ったり、5年後、10年後の団体について話し合う余裕はなく手探りで行っています。
グループワークの後は、自団体に分かれてメンバーと改めて向き合い、現在の課題を俯瞰して捉えながら未来について話し合う時間です。ゆめの森の校舎で、好きな場所を選んで対話をしました。入職してからの期間がまだ浅いスタッフの方からは、長年携わってきた先輩と向き合って話す機会が貴重で、今後のヒントになったという声もありました。




終わらせてはならない 子どもたちの支援はこの先も必要
初日の夜は、福島県楢葉町にある「Jヴィレッジ」に宿泊しました。サッカー日本代表の合宿施設としても利用されてきましたが、2011年に起きた福島第一原発の事故で、原発内で作業を終えた作業員がここで除染を行ったり宿泊や食事をする「中継地点」として活用されました。現在は、一般の方も宿泊したり、企業の研修などにも活用される施設となっています。

2日目のテーマは、前日に話し合った「2030年までに実現したい 理想の団体・地域の姿とは」を実現するためにはこれからどんなことに取り組むのか。具体的なアクションについて各団体ごとに話し合いました。
今回の合宿にはハタチ基金の理事4名も参加しています。長年子ども支援の最前線で、手探りで課題と向き合ってきた経験を参加者たちに共有をしたり、難題を乗り越えてきた上でのアドバイスもしていました。

代表理事の今村久美は、石巻の「一般財団法人まちと人と」が抱える課題に対して、ハタチ基金設立時のことを事例にアドバイスをしていました。
今村「東日本大震災直後は、私が活動をしている「認定NPO法人カタリバ」はまだほとんど知られていない小さな団体だった。東日本大震災で被災した子どもたちを支援するということは、自分の団体だけではどうにもできないほどの大きな課題だらけで、複数の団体が力を合わせて立ち向かうしかないと思った。それで、4団体に声をかけて一緒にハタチ基金を設立して活動を始めた。
石巻の子ども・若者たちを支えていくことを、自分たちの団体だけでできることと捉えずに、地域の企業や他の支援団体と手を取り合ってやっていった方が良い。」




東日本大震災直後は、明日の生活が少しでも良い方向に向かうように、子どもたちがあたりまえの日常を取り戻せるように、学びの環境が復興していけるように。東北で活動を始めた子ども支援団体が向かう先は共通していました。そのため、今回のように自分たちの思いを語り合ったり、悩みや課題を打ち明けて支えあうような「横のつながり」がたくさんあったように思います。
震災から15年が経ち、子どもたちの課題は地域ごとに異なり多様化していく中で、自分たちの思いに向き合い共有する時間は減っていっているといいます。これまで「支援団体どうしのつながりがない」という課題について、語られることすらありませんでした。
参加者からはこんな感想をいただきました。
〇同じ地域にこれほど団体があることすら知らなかった。今後は連携していきたい。
〇日々、現場の仕事で忙殺される中で、いったん立ち止まって自分たちの未来について考える時間をとることができてよかった。
〇団体の運営面、問題意識に関して、他の団体と共通点があった。アドバイスももらえてよかった。
〇沿岸部のつながりがなかなかなかった。貴重な機会で、あっという間の2日間だった。
〇一緒に集まって話すことができてよかった。しゃべり疲れるほどしゃべることができてよかった。

代表の今村が最後に参加者たちに語りかけました。
「皆さんが、地域の子どもたち一人一人に向き合い、誰も取りこぼしたくないという思いでやり続けてくださっていることで、子どもたちの未来にも希望を持つことができます。私たちは、地域に根差してやっている子ども支援団体をどのように支えていけるのかを考え続けていきたい。今回、この合宿があったからこそ出てきた新しい考えもあったかと思うので、ぜひ戻ったら取り掛かってほしいです。」
東日本大震災から15年。震災時に生まれた子どもは15歳になりました。切れ目なく子どもたちを支えていけるように。ハタチ基金は、今後もどのような形で東北の子ども支援団体に伴走していけるのか、考え続けていきたいと思います。
取材・文 石垣藍子

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