
2014.07.18
新たにハタチ基金の助成先団体に加わった、NPO法人「人間の安全保障」フォーラム。東日本大震災が起きた2011年より、子どもや女性を取り巻く課題を中心に、解決へと導く活動を続けています。
宮城県気仙沼市で、子どもの居場所「みらいと」の運営スタッフとして働く佐藤真凜さんに、子どもたちと接する中で感じた気づきや今の現状について伺いました。
NPO法人「人間の安全保障」フォーラム 佐藤真凜さん
子どもの居場所「みらいと」スタッフ。作業療法士。みらいとでは、子どもたちが自由にやりたいことを選び、自分のペースで過ごすことができるように環境を整え、必要に応じて声かけや手助けをしている。佐藤さんは、子どもたちの発達や心身の成長の視点を大切にしながら、一人ひとりに合わせた見守りとサポートを行っている。また、体験活動の機会を提供し、さまざまな「やってみたい」「できた」を積み重ねられるよう関わっている。みらいとに来ることで、子どもたちがほっとできたり、少しずつ自信を持ったり、友だちやスタッフとの関わりを通じて新しい一歩を踏み出せるよう、心を込めて支援をしていると話す。
震災以降 顕著に広がる 子どもたちの様々な「格差」
私たちが活動する宮城県気仙沼市では、東日本大震災から14年が経過した現在も、震災由来の“後遺症”といえるような課題が、子どもたちの周りに残されています。
顕著なのは、様々な格差です。経済的な格差のみならず、そこから派生する教育格差や体験格差といった複合的な問題が見られます。例えば、親に発達の特性がある家庭や、介護を担う祖父母がいる家庭など、もともと支援を必要としていた世帯が、震災後、より困難な状況に置かれるようになることもあります。こうした背景を持つ子どもたちは、学校外での学びや体験の機会を得ることが難しくなっています。
また、震災やその後の復興事業による住民の転出・転居が相次ぎ、地域の人間関係やつながりが希薄化したことも課題です。子どもたちを見守る地域の目が減り、安心して遊べる場所は限られます。結果として、放課後や休日に孤立する子どもや、家庭外で安全に過ごせる時間が確保しづらい子どもも少なくありません。
こうした現状は、震災から時間が経過した今だからこそ見えにくく、支援が届きにくいという点で、より複雑な問題になっていると感じています。
安心して過ごせる居場所 教育・体験格差をなくしたい
「みらいと」は、子どもたちが安心して過ごせる無料の居場所として、2022年に開所されました。教育・体験格差の解消を目指す拠点も担っています。これまでは、週2回の開所が精一杯。子どもや保護者からは、「開所日を増やしてほしい」といった声が多く寄せられていました。ハタチ基金の助成のおかげで、2025年4月からは開所日を週3日に増やしたり、専任スタッフの採用も実現することができました。また、体験格差の是正を目指して月1回実施してきた体験プログラムも、2025年度からは月2回に拡充できています。
皆さまのご寄付のおかげで、気仙沼の子どもたちに広がる格差や、安心して過ごせる場の不足といった課題に、より積極的に取り組むことができています。
困りごとを抱える家庭の子どもたち 関わり合いの中で起きた変化
みらいとを利用している子どもたちにも、少しずつ変化が起きています。
あるひとり親の小学生の女の子は、生活環境の変化や経済的な事情が重なり、放課後の多くを兄と二人きりで自宅で過ごしていました。来所し始めた当初は、表情も乏しく、同級生との関わりもほとんど見られませんでした。通ううちに、表情が明るくなっていき、同級生とも楽しそうに会話する姿が見られるようになりました。学校でも「昨日はこんなことをしたよ」「こんなふうに褒められたんだよ」と、先生に話す場面が増えたと聞いています。小さな変化ではありますが、確かな成長の表れだと感じています。
また、発達に特性のある一人の小学生は、みらいとで様々な体験を重ねるうちに、自分が動画作成や人に教えることが得意だと気づくことができました。初めは「できないかもしれない」と不安を抱えていましたが、スタッフと一緒に少しずつ取り組む中で徐々に自信を深め、「これならぼくできる!」と笑顔を見せてくれるようになりました。
一方で、ひとり親世帯や低所得世帯、学童保育を利用できない子どもたちなど、支援のニーズが高い層の利用は、2025年6月現在もごく一部にとどまっています。当初想定していた利用対象と、実際の利用層との間にギャップがあることは、重要な課題と受け止めています。
今後は、プッシュ型広報の活用を含め、より積極的な広報活動を展開し、支援を必要とする家庭へのリーチを強化していきます。また、地域の支援団体や行政、学校関係者などと連携し、情報共有を密にすることで、ニーズの高い子どもたちが、みらいとにアクセスしやすい環境を整備していきたいと考えています。
新しく始まった 自然と親しむ「ガーデンプロジェクト」が育む子どもの心
2025年6月より、新しい活動「ガーデンプロジェクト」を始動。子どもたちに植物を育てる体験を届けることを目的に、全3回のプログラムとして実施しました。
初回は庭づくりの土台として木枠を組み立て、土を入れる作業を行いました。普段の生活ではあまり使うことのないノコギリやスコップを手に、子どもたちは慣れない作業にも果敢に挑戦し、夢中になって取り組んでいました。
活動を通じて、「友だちと一緒に作ったことが楽しかった」「自分で育てるのが楽しみ」といった声が聞かれ、植物の小さな成長に気づいて報告し合う様子が印象的でした。
震災の影響で自然とふれあう機会や地域の人との交流が減っている子どもたちにとって、このガーデンプロジェクトは、安心できる居場所の中で新しい挑戦ができる貴重な体験の場となりました。また、地域の方々やボランティアの協力もあり、子どもたちが地域とのつながりを感じられる時間にもなりました。
普段は新しいことに不安を感じて後ろ向きになりがちな子どもが、道具の使い方を教わりながら木枠を組み立てるうちに、「やってみたい」と自分から手を挙げて挑戦する姿が見られました。
また、植えた苗の変化に気づいて「葉っぱが増えたよ」とスタッフに報告する様子や、来所のたびに窓の外をのぞいて、自分が植えた野菜や花の成長を確認するのが日課のようになっている子どももいます。
一緒に活動する中で自然と会話が生まれ、これまであまり交流がなかった子ども同士が名前で呼び合うようになったり、片付けを助け合ったりする関係が育まれました。普段は自分のことを話すのが苦手な子どもも、「ぼくも作ったんだよ」と取り組みを誇らしげに紹介する場面もありました。
こうした姿から、ガーデンプロジェクトが子どもたちの心を少しずつほぐし、他者とのつながりや自信を育むきっかけになっていることを実感しています。
課題の「根」を断ち切るために 長期的に支援を続けていく
NPO法人「人間の安全保障」フォーラムは、2011年から2015年にかけて、宮城県沿岸部の仮設住宅に暮らす子どもたちを対象に、学習支援拠点「子ども未来館」を運営してきました。「みらいと」は、この「子ども未来館」での経験をもとに、震災から10年以上を経た地域の新たなニーズに応えるべく再構築した取り組みです。
「子ども未来館」に通っていた子どもたちは立派に成長し、現在、宮城県内外の小中学校などの教育現場で活躍している例が少なくありません。延べ3,000人の利用者の中には、教育や福祉の分野に進んだ人も多く、当時のスタッフと彼らのつながりは今も続いています。「今、学校でこんな授業をしているんです」といった報告を受けるたびに、支援の手が「教える側」へとつながっていることを実感します。
また、「子ども未来館」の運営を通じて得たノウハウを活かし、2017年から2023年にかけては、関東地方に暮らす難民の子どもたちを対象とした学習支援にも取り組みました。首都圏の大学生や地域市民の協力を得ながら、子どもたちにとっての良質な学びの場、そしてコミュニティの仲間たちと安心して集える「居場所」を築くことができたと思っています。
長期的に被災地と関わる中で、現在の気仙沼市の子どもたちを取り巻く課題の「根」が、東日本大震災にあることが見えてきたと考えています。
被災地支援は、2011年~2015年、2022年~現在の二つの時期に分かれます。第1期は震災直後から復興初期にかけて、住環境も安定しない中で、子どもたちが安心して過ごし学べる場をつくることが主な使命でした。一方、2022年にみらいとを立ち上げた第2期は、復興工事がほぼ完了し、地域が「復興のその先」へと向かう転換点に位置づけられます。
統計データや独自のアンケート、関係者との意見交換を通じて現状を整理した結果、震災直後に顕在化した課題の多くが、復興過程で十分に解決されないまま、現在も影響を及ぼしていることが明らかになりました。
課題の「根」が見えてきたことは、私たちがその根をどう断ち切るかという視点に立てるようになったことも意味します。また、長期的な関わりを通じて、公的機関や他の支援団体との協働関係が広がり、より多角的な支援が可能になってきていることも、大きな成果の一つです。
経済的・教育的・体験的な格差や地域のつながりの希薄化などの課題は、今後さらに深刻化する可能性があります。加えて、震災以降、気仙沼市では少子高齢化がますます進行しており、子育て世帯の声が行政や地域社会の中で届きにくくなることも懸念されています。その結果、子どもたちの抱える課題が可視化されにくくなり、必要な支援が後回しにされる恐れもあります。
こうした状況を踏まえると、みらいとのような子どものための居場所は、今後ますます重要性を増していくと考えられます。だからこそ、短期的な事業としてではなく、持続可能な支援体制を地域に根づかせていくことが、これからの大きな課題であると捉えています。
今後ともご支援のほどよろしくお願いいたします。
2013.03.29