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どこにいても双葉町と繋がり続け、いつか福島に戻って還元したい【311特別企画:助成先団体 卒業生の“いま”】
2022年3月3日

2022年3月11日、東日本大震災の発生から11年が経ちます。東北3県で活動する助成先団体で支援を受けた子どもたちが成長した姿をお伝えする企画シリーズ。

今回は、福島県双葉町出身の大学生のお話です。震災で自宅は避難区域となり、中学からいわき市で暮らした、石井美有さん。高校はふるさとの隣町、広野町に新設された「ふたば未来学園高校」に進学し、認定NPO法人カタリバが運営するコラボ・スクール「双葉みらいラボ」で放課後を過ごしました。当時の記憶と、未来に向けた思いをご紹介します。

震災当時は小4 その後の記憶はあいまいで

今も全町避難が続く、福島県双葉町で生まれ育ちました。
地震があったのは、教室で帰りの会をしていたとき。その後からしばらくの間の記憶はあいまいで、ところどころしか覚えていません。
最初の1、2日くらいは小学校の体育館に避難して、川内村で母と祖母と合流しました。両親は教師で、母が勤務していた小学校は津波も来ていました。なので再会できたのは、友だちより少し遅かったかな。

バスに乗って埼玉のスーパーアリーナに集団避難し、廊下に段ボールを敷いて2週間ほど過ごしました。 その後、祖父母のいる地域の小学校に転入し、中学の入学と同時に、いわき市に引っ越しました。 中学は生徒数が多いマンモス校で、幼馴染もおらず、人間関係などが大変なこともありました。

カタリバの「双葉みらいラボ」は学校の中の私の避難場所

高校は、途切れていた故郷との繋がりを探すような形で、前年開校したばかりのふたば未来学園高校に行きました。カタリバのコラボ・スクール「双葉みらいラボ」がふたば未来学園で始まったのは、高1の秋でした。

毎日のように、放課後にみらいラボに通っていました。私の場合は、勉強する場というよりは、そこでスタッフといろんな話をする時間が貴重でした。最初は好きな本や漫画の話をしていましたが、そのうち、震災のときのことや転校先の小学校でいじめられていたことなども話しましたね。震災後の転校でいじめにあったあたりから、クラスで友だちを作るということはしなくなりました。だから高校でもクラスに友だちはいませんでしたが、部活では親友と呼べる人ができました。

高校では演劇部に入り、脚本を書いていました。震災体験など、自分たちの経験したことをもとに芝居をつくり、部員同士の内面的なぶつかりあいも起きました。演劇を作り上げる中で、激しく部員と衝突したりして、ストレスで胃潰瘍になったこともあります。部員と取っ組み合いのけんかになってしまったとき、みらいラボのスタッフのなべさんが間に入って話を聞いてくれました。
当時は負の感情をコントロールする術がなかったんですよね。どんな自分をさらけ出しても、頭から叱りつけることなく、受け止めてくれたのがラボでした。日常のもやもや、将来のこと、生き方などを話すことで自分の感情を言葉にできて頭の中が整理されていく。みらいラボは私にとって学校の中の避難場所みたいなところでした。

社会人経験を積んで力をつけて、いつか福島に戻って還元したい

父がよく手料理をふるまってくれるのですが、そんな父に憧れて中学生のころからよく料理をしています。演劇部の部員にもオムライスを作って「おいしい」と喜んでもらって。だから漠然と「カフェのオーナーって、いいかも」と思っていました。
そうしたら高校が、地域との交流カフェを校舎につくると聞きつけました。オープンは私の卒業後でしたが、オープンの準備は手伝いました。高校のカフェは、訪れた地域住民との交流を通して地域の課題に向き合い、解決に向けて共に知恵を絞る場というねらいがありました。

震災から10年経っても原発の問題は解決されていませんし、双葉郡の人口は減っています。だからこそ、人と人が自分の想いを自由に発言して、お互いに分かりあえるような 居場所が必要だと思います。
今は大学で経済学や経営学を学んでいます。「卒業後も福島とのつながりを継続していきたい」と考えて、ふたば未来の先生と一般社団法人「結び葉」をつくり、双葉郡の特産品を東京で販売するサポートもしています。

東京に住んでいますが、 双葉町が今どんな状況で、これからどうなっていくのか、常に情報は集めています。卒業後については、まだ具体的なプランはありません。
でも、社会人経験を積んで力をつけて、いつか福島に戻って、地域や高校、お世話になった人たちに還元したいと思います。

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いつかふるさとのために恩返しをしたい。東日本大震災を経験した子どもたちの中には、こうした思いを持つ子が多いように感じます。震災の悲しみを強さに変えて進む子どもたちの背中を見て、私たち大人も震災の記憶を次の世代に伝えながら、子どもたちを応援していきたいと改めて思います。

ハタチ基金では、震災から10年の節目に、「2031年 復興のその先を切り拓く力を、子どもたちに。」といったメッセージを発信しました。このメッセージには、残りの活動期間で、東北の未来の復興を支える社会のリーダーを育てること、東北から社会を変える新しい仕組みをつくることを目指す思いが込められています。

東日本大震災で被災した地域の子どもたちを、みんなで一緒に支えていきませんか。

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