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震災直後から、ハタチ基金とともに歩んだこどもたちの10年~チャリティーコンサート2020より~
2021年3月10日

 

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今年は東日本大震災から10年目の節目となります。ハタチ基金は震災当時から、「東日本大震災発生時に0歳だった赤ちゃんが大人になるまで」をコンセプトに活動を続けてきました。

先日、長くハタチ基金を支援してくださっている寄付者の方が主催してくださり、ハタチ基金チャリティコンサートが開催されました。コンサートには、震災当時中学生だった阿部泰喜さん、高木桜子さんが演奏者として参加してくれました。2人ともそれぞれ宮城県女川町、岩手県大槌町で被災を経験しています。

今回はコンサート内で行われた2人へのインタビューセッションの内容を紹介します。聞き手は、ハタチ基金理事の今村です。

ハタチ基金が震災発生時から続けてきた支援は、被災地の子どもたちに何をもたらすことができたのでしょうか。

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被災後も実家の新聞店を手伝いながら、コラボ・スクールに通った

【今村】泰喜くんは今年で23歳。震災当時は中学1年生だったんだよね。震災があって、ご自身の生活はどんなふうに変わりましたか?

【阿部】自宅がかなり海に近い海沿いにあったので、自分の家と、新聞屋をやってるんですけれども、そのお店も流されてしまって。
幸い家族とか親族は無事だったんですけど、自分が大事にしていたものも流されてしまいました。震災直後は本当に衣食住を何とかするのに必死でした。

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<プロフィール>
宮城県女川町出身の阿部泰喜(あべたいき)さん。震災当時13歳。震災直後、コラボスクールに毎日のように通学。現在は東京で音楽活動中。

【今村】そんな中で、家の手伝いもしていたんだよね。新聞屋さんであるお父さんのお仕事は、震災後の町を支える重要な役割でした。

【阿部】そうですね。もともと新聞を配達する仕事もしていたんですけど、震災直後は隣町から持ってきた新聞を自転車で各避難所に配ったりしました。
当時はテレビも全然見れなくて、携帯の電波も通じてなかったので、情報を得るにはラジオか新聞っていう状態だったんですよね。
だから避難所に新聞を配達しに行くと、みんなが新聞を欲しがる。必要とされてるんだということは、中学生ながらに感じていました。本格的に手伝い始めたのはちょうどその時期ですね。

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【今村】泰喜くんは、女川町のコラボ・スクール(※)である向学館にもたくさん来てくれていたよね。

(※コラボスクールとは:東日本大震災によって被害を受けた宮城県女川町と岩手県大槌町に認定NPO法人カタリバが設立した子どもたちの居場所・学びの場。ハタチ基金からの支援を受けて運営している)

【阿部】そうですね。特に受験の時は。やっぱり家がかなり狭かったんですよね。2人の弟もまだ小さかったし。ちょっとバタバタしてるのもあって。
被災しても受験は待ってくれないから、落ち着いて勉強するために自習室とかを使って勉強させてもらっていて。質問したいことがあったらボランティアで来ている大学生の先生に質問していました。今でも仲良くさせてもらってる人もいます。そういう人たちに会えるのは当時の自分にとってはなかなか新鮮でしたね。女川町には大学はないですし、ちょっと大人なお兄さんお姉さんに相談ができたのは向学館があったからだと思っています。

【今村】もう1人紹介したいと思います。岩手県の大槌町で出会った高木桜子ちゃんに来ていただきました。

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<プロフィール>
岩手県大槌町出身の高木桜子(たかぎさくらこ)さん。震災当時13歳。吹奏楽部を通して大槌町の語り部やチャリティー演奏を行ってきた。大学卒業後、今年度からカタリバの職員として就職予定。

【高木】岩手県大槌町出身の高木桜子です。今は東京に住んでいます。
震災当時は中学校1年生でした。家族は無事だったんですけど、津波で自宅が全壊してしまいました。仮設住宅で、5人兄弟と両親の7人で仮設住宅に住んでいた時期もあります。

【今村】大学進学時に上京して、東京では少し特別な大学生活を過ごしていましたよね。

【高木】はい。夜間の大学に行ってるんですけど、お昼は大学の中でアルバイトができる制度があって。毎日学校に朝から晩までいるという生活をしていました。経済的に自立しようと思って、ほぼ全額自分で大学の学費を稼いでいます。

【今村】働きながら夜間コースで学ぶって、すごい大変なことだと思う。

【高木】でも楽しかったです。毎日大学の中で働いてるので職員さんと繋がりができたりとか、あとはサークルも2つ、3つくらい入っていたので。毎日ぎっしり予定を入れて過ごしてました。もちろん勉強もして、この春に無事卒業が決まりました。

【今村】良かったね。ほんとにやりたいことを全部やった4年間だったと思います。
そんなアグレッシブな桜子ちゃんだけど、中学生の時とかはそんなキャラじゃなかった印象があるなあ。

【高木】そうですね。中学の時の自分は真面目な、隅で静かにしているようなタイプでした。カタリバのコラボ・スクールが大槌にできてそこに通ったり、部活とかでいろんな人に関ったりして、それでちょっと明るい方向に変わったんじゃないかなって思ってます。コラボ・スクールができた当時は、最初は無料だから行ってみようみたいな、それくらいの感覚でした。

【今村】コラボ・スクールは全国の皆さんに寄付で応援していただいて、その財源で運営しています。1年目はスクールの利用料は完全無料にしたんですよね。桜子ちゃんもよく来てくれて。普段話さないコミュニティの人も多いし、自分のことを説明する機会も増えるよね。

【高木】そうですね。それで実際に行ってみると、たくさんの、しかも大槌町にはいないような感じのスタッフの方がいて、皆さんと話して会うたびに「桜子です、桜子です」って何回も自己紹介してた記憶がありますね。

【今村】あの時は私たちも、スクールを運営できるような施設は全部流されちゃってるから、お寺とか神社とか、その横の公民館施設とか、毎日違う場所で、「今日はここがコラボ・スクールです」みたいな感じで運営してましたね。それもまた面白かった。

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【今村】そんな桜子ちゃんですが新しい進路が決まったんだよね。

【高木】来年は大槌町に戻って、自分の出身校である大槌高校の魅力発掘・発信という活動と、マイプロジェクト(※)の活動に携わらせていただくことになっています。つまり、カタリバの職員になりました。

(※マイプロジェクト:身の回りの課題や関心をテーマに プロジェクトを立ち上げ、実行することを通して学ぶ、 探究型学習プログラムです。被災地の高校生との対話と活動のなかから生まれた学習プログラムです。)

【今村】被災してそこで出会った人を採用するっていうのは今回初めてかもしれない。
それが1番いい道なのかなっていうのは私自身も経営者としてとても悩んだけど。どういう経緯でやりたいと思って、決めたんですか?

【高木】自分がコラボ・スクールの生徒だった時に、すごく印象に残っていることが2つあって。
1つ目はSkype英会話でフィリピンの先生とSkypeで話をしたこと。今はもう当たり前だけど、当時Skype英会話もまだ新しくて。部活でいろいろ悩みがあるときも、Skype英会話の先生が親身にずっと聞いてくれました。それが、すごくカッコいいなと思って。
もうひとつは、進路を考えだした時、地元の感覚では高校卒業後に岩手県の大学どこか行くのが普通だったので、私もあまり考えずに同じことをコラボ・スクールの先生に話したんです。そしたら「安易な考えだね」と言われて。

【今村】それで、何か気づきがあったんだ。

【高木】はい。一言で、価値観が、自分の当たり前だと思ってたことが変わった出来事で。そんなふうに、コラボ・スクールの先生から影響を受けた私が、これからは自分の地元の子たちにも何かしてあげられたらいいなっていう気持ちがあります。

【今村】私も大槌町に行っていろんなことを見て聞いて経験しました。その経験を通して、地元の子どもたちにとって、学校の先生や友人とも、家族とも違う、ナナメの関係の人たちと関われる場所を作っていくことが大切だと思ってます。
いつか、その場所が大事だと思える人たちが、自らそれを作ろう、続けようということを担ってくれたらいいなと思ってたんですけど・・・まさかこういう形で、桜子ちゃんと一緒に仕事をする日が来るとは思ってなかったので、私も嬉しいです。
ということで、いろいろな経験をした2人が、こうして大人になってこの場に参加できるのは感無量ですね。

【高木】はい。やっぱり大学を卒業して社会人になる前の今だからこそ、寄付という形で私たちを支えてくださった方や、応援してくださっている方の前で、支えていただいた立場でコンサートに参加できたのが、すごく意味のあるものだったんじゃないかと思います。
私が震災を経験しても当たり前に生活してこれたように、今後も私の後輩とか、下の世代にもこういった当たり前の生活が続いて行けばいいなと思っています。

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被災地でハタチ基金の支援に出会った子どもたちが、これからは自分の故郷の子どもたちのためにできることをしていくーーそんな風に新しい時代の地域のリーダーを生み出していくことが、ハタチ基金のこれから10年の目指すものの一つでもあり、寄付者の皆さんと一緒に見ていきたい社会の姿です。

東日本大震災から10年。ハタチ基金は子どもたちの当たり前の生活をこれから先も守っていきます。これからも、寄付でハタチ基金を応援していただければ幸いです。

2031年、復興のその先を切り開く力を、子どもたちに。

 

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